【もう君はいない】若年性アルツハイマーを発症した妻……美しく賢い妻との消えた老後と贖罪の日々～その２～

待望の男の子にも恵まれ、子育ては順調だったが……

「本当に円満な家庭で、毎日が楽しかった。私は仕事に邁進し、ずいぶん育児や家事も協力した。３人の子どもたちは優秀で、私よりいい大学に入った。今、下の息子はアメリカに留学している。妻も育児や私の仕事のサポートをよくしてくれた。私の両親も『ホントにいいお嫁さんが来てくれて嬉しい』と、驚くほど高価なバッグや着物を惜しげもなく妻にプレゼントしていました」

重明さんの妻がアルツハイマーを発症するまでの30年以上の結婚生活は、幸せの連続だった。

「異変があったのは、一年半前。最初は自宅が散らかり続け、食べかけの物が放置されたり、鍋をかけっぱなしにして焦げ付いていることからおかしいと思いました。妻も“最近、忘れっぽい”とこぼしていた。この時に病院につれていけばよかった。娘２人の独立と、息子の留学が重なったから、ちょっと変になっているのかと思っていた」

忘れっぽい妻にお手伝いさんを付けた。その女性から「認知症かもしれませんよ」と報告が上がった。そのお手伝いさんは、かつて認知症の老人がいる家庭で働いていたことがあり、気が付いたのだとか。

「妻は誰よりも賢く、聡明なので、そんなはずはないと思いました。結局、病院に連れて行けたのは半年後。若年性アルツハイマーがかなり進行していることがわかったんです。すぐに医師の知人に連絡をして、たまたま空きがあった完全看護の施設に入れてもらうことにした。私でも目の玉が飛び出るほど高かったけれど、火の不始末や徘徊などを考えたら、背に腹は代えられない」

その翌日の土曜日、地方で仕事をしている娘２人を自宅に呼び寄せた。施設に入るまでの１週間、交代でケアをしなければならなかったからだ。そこで、娘たちから、重明さんが知らなかった妻の顔を聞かされた。

「妻はかなりのアルコール依存症だったそうです。常に飲んでおり、僕が帰宅するとちゃんとしていた。『パパが家にいるのなんて、１日１～２時間。土日はゴルフや出張でしょ？　ママのこと、面倒見ていたのは私だからね』と長女に言われました」

妻は親子遠足のときに、水筒に白ワインを入れて参加。卒業式にはマヨネーズの小さいサイズの容器に焼酎を入れており、トイレで飲んでいたなどなど、さまざまな話が出てくる。

「失禁していたという話も聞き、衝撃的でした。私は妻に自分の家庭を持たせれば、それでいいと思っていました。私も妻を幸せにするために、たっぷりと生活費を与え、どこに行くにも何をするのも賛成する姿勢をとっていた。でも、よく考えれば妻には一緒にどこかに出かけたり、長時間語り合ったりする友達はいない。子どもたち３人は、必死で母親に寄り添っていたけれど、妻は心の穴をアルコールで埋めるだけだった」

重明さんは、「自分が長男として生まれてしまい、好きなことができなかったので、家族の希望はすべて叶える」というスタンスを取っていたという。

「思えば、それは思考の停止だった。子供たちが早くに家を出たのもおかしいと思うべきだった。ホントに男ってバカですよね。今、毎日のように妻がいる介護施設に通っています。今の妻は、お酒も飲まないし、表情も少ない。時々思い出したように笑う顔がかわいいけれど、別人。あんなにオシャレだったのに、ずっと同じパジャマ着て、童謡を歌っている」

何かを相談すると、的確な答えをくれた妻はもういない。一時期、買い物依存になっていたようで、家にはおびただしい数のブランド品があり、半分以上が未開封だったという。

「妻は子供時代に辛い思いをしたから、その時の気持ちを取り戻していたんでしょう。もう、きりっと美しく、どこか狂気的で賢い妻はどこにもいません。いるのは、白髪のショートヘアの、穏やかなおばさん。まだ62歳だし、おばあさんとは言えないよね。ホントは２人でいろんなところに旅をしたり、孫の面倒を見たりしたかったんだけれど、そういう老後はすべて消えてしまった。この病気は先が長い。あと何十年あるかわからないけれど、妻に伴走していこうと思います」

取材・文／沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』（小学館新書）がある。