社会の円滑化に貢献してきた絵記号の歴史
『記号・マーク・ピクトグラム さまざまなデザインとその工夫』稲葉茂勝著

絵記号は、それが何を意味しているかを一目で表すデザインだ。漢字も、元をたどれば物や事象をデザイン化した表意文字。地図にある警察や郵便局などのマーク、企業ロゴ、国の歴史背景を表象化した国旗も絵記号の一種である。
本書は、そうした記号・マークの歴史と展開について、教科書仕立てで紹介する読み物だ。
絵記号といえば、現代社会で急速に増えている種類がスマホの画面に並ぶアイコンだろう。どのアイコンのデザインも、どんな用途のどんな機能を持つアプリであるかがわかるよう工夫されている。
メールの絵文字も同様だ。多用すると嫌がる人もいるが、無味乾燥になりがちな通信文に潤いと温もりをもたらす効果がある。
本書を読んであらためて周囲を見まわすと、こうした絵記号は私たちの暮らしのあらゆる場面に浸透している。というか、今や絵記号なしに社会の円滑化は図れないことがわかってくる。
とりわけ紙数が割かれているのが、ピクトグラムと呼ばれる絵記号群である。ピクトグラムとは、言語や生活文化が違っても直感的に意味を理解できる、世界共通の公共サインを指す。非常口。エレベーター。横断歩道。トイレ。レストラン……。国連がSDGsに掲げる17の課題を図像化したマークも、ピクトグラムの一種である。
ピクトグラムは日本が発祥
では、ピクトグラムはいつ、どこで生まれたのか。じつは昭和39年(1964)の日本だそうだ。そう、東京オリンピックだった。当時の日本には英語を話せる人がまだ少なく、外国人選手や旅行者とのコミュニケーション問題が危惧された。
そこで知恵を絞ったのが日本のデザイナーたちだ。言葉を介さずとも意味がわかる標識、すなわちピクトグラムを考案した。
特筆すべきは、制作に関わったデザイナーが誰ひとりとして著作権を主張しなかったことである。フリーシェアにしたことで、ピクトグラムは世界に広がった。
随所にあるコラムも興味深いエピソードばかり。街歩きが楽しくなることは間違いない。
ヒトは石器と火の力だけでは進化できなかった
『植物時代 人類進化の種が蒔かれたとき』 ディーン・フォーク著 風間賢二訳

植物時代とは、著者が提示する人類学の新概念だ。木から下りたひ弱なサルは二足歩行を始めた。著者は直立に伴う足指の変化から、サルがヒト族に進化するには石器や火だけでなく、植物で編んだ運搬具が不可欠だったと考えた。しがみつく力を失ったヒト族の子どもは、母親からすれば足手まとい。行動と育児を両立させるため発明されたのが、だっこやおんぶのための紐だった。
また、二足歩行は心臓の鼓動に似た独特のリズム感を生んだ。だっこ紐で常に肌が接するヒト族の母子の絆は、サルの時代より深まった。ここから会話(言語)や音楽が発達していったとも推測する。植物は風化するため、石器のような証拠が存在しないが、傾聴に値する論だ。
台所は社会の内側を映し出す鏡のような空間
『世界の台所の間取り』 岡根谷実里著・桔本丹絵

本書は、世界中の台所を見て回った社会学者が綴ったキッチン論。紹介されているのは、各地域の普通の家庭の台所だ。たとえばフィンランドはDIYカルチャーが強い。自作のテラスはキッチンの延長で、バーベキューや燻製が楽しめるようになっている。インド・ラジャスタン州のある家の台所は、非常にシンプルで美しい。家族は肉魚だけでなく発酵食品を食べることもタブーとするジャイナ教を信仰する。食材は豆や香辛料などの乾物が主なので、冷蔵庫がいらないのだという。ブータンの二世帯居住の家にはIH調理器とガスコンロがあった。停電が日常的だからだ。こうした二重保有はインフラが脆弱な国に共通する知恵だという。台所は社会の内側を映し出す鏡のような空間だ。
選・文/鹿熊 勤 ※文中、敬称略。
※『サライ』2026年9月号より








