文/ノンフィクション作家 平野久美子

第一展示室には台湾の自然と人とものづくりの営みを、写真パネルにて紹介。写真:台北駐日経済文化代表處台湾文化センター

台湾はかくも奥深い

2023年~2024年にかけて台湾各地の工房を訪ねて回り、伝統の技と智慧を内包した現代の生活工芸品を取材した。そして翌年の2025年に『台湾クラフトへの旅』と題した一冊を小学館から上梓した(詳細は最後に)。取材の現場では初めて聞くことや見るものがたくさんあり、改めて台湾の多様性、独自性ばかりでなく伝統をアップデートする巧みさにも目を見張った。

バナナの偽茎を剥がし、天日で乾燥させてから糸を取り出す。写真: 噶瑪蘭新社香蕉工房

東部花蓮県のひなびた風景の中に建つバナナ布の工房におじゃまをしたとき、「噶瑪蘭」(クヴァラン、カバランとも読む)と書かれた看板の文字から、宜蘭県の特産ウイスキーブランド『カバラン』を想起した。それがきっかけとなり、クヴァラン族の痛ましい歷史とバナナ布復活の間には深いわけがあることを知った。

クヴァラン族に限らず、古くから族群ごとに伝わってきた手織りの文化がある。撮影:藤田修平 

つまりこうだ。18世紀に宜蘭県に侵入してきた漢人の武装開拓団に追われて、クヴァランの人々は、デイアスポラ状態でこの地に逃げのびた。以来彼等は、じょじょに漢人化していき、自身のアイデンティティーもゆらめいていった。しかし、1980年代に入り、遠い先祖が入植地に刻んだ記憶を取り戻すために、困窮生活を支えてくれたバナナ織りの技術や生活用品の復興を目指すようになった。それが貴重な工芸の新たな出発点になったのである。族群の歴史と文化を未来へとつなげようと、市場価値のある作品を目指す努力を続け、今では年々、知名度も上がっている。

工房のかたすみで、90歳を超えたベテランがまるでバナナの糸をほどくように、自分たちの歷史をゆるやかにほどいていく姿は、台湾史そのもの。話しを聞く間、私は多様な文化の奥底から生まれた宝物に出会えたような、昂揚感をずっと感じていた。そう、台湾の人々は16世紀以来、寄せては返す波のように外来勢力が土地を支配し、異文化をもたらすたびに、暮らしにあわせて新しく工夫、解釈し直し、次々と独自の生活工芸を生み出してきたのだ。

ビンロウヤシ、タイワンスギ、モウソウダケ等等、大自然に育まれた素材から生活工芸が生まれる。あまり知られていない台湾の魅力だ。写真:台北駐日経済文化代表處台湾文化センター

「知っている」ようで「識らない」台湾

こうした取材を繰り返しながら、「知る」と「識る」の違いを身をもって感じた。つまり「知る」ことは情報に出会うだけ。だから、頭の中だけの知識ともいえる。しかし、体験を通してヒト、コト、モノの情報を得ると、その奥にある深い意味まで身体の隅々に定着する。それが「識る」ことではないだろうか。

ところで日本と台湾の交流は年々深化し、双方の渡航者数は2026年末には1千万人の大台に乗る勢いだ。日本へ来る台湾人の数が年々確実に増えているせいだろう。それに比べて台湾へ渡航する日本人は、コロナ感染症のパンデミックが起きる前に比べればまだ7割ほどの回復だが、“安全、近い、美味しい、安い”という台湾への評価はほぼ定着している。最後の「安い」が最近の円安によってやや揺らいでいるのは残念だが、台湾旅行の人気は依然として高い。ならばSNSや情報誌で得た知識をなぞるだけの旅ではなく、台湾の深い魅力を求めて目的地を設定し、苦労してたどりついたほうがいい。

国立台湾工芸研究発展センターの協力のもと、10月いっぱい開かれている企画展『伝統から未来へ 時を超える台湾生活工芸 Tradition into Future』は、生活工芸の数々から、知っているはずの台湾の識らなかった面が見えてくるように工夫をした。キュレーターとして心がけたのは「台湾らしさとは何か?」を自問しながら会場を閲覧して頂くことだ。

人間国宝級の漆芸師王清霜氏と若手のトップブランド「C JEAN」が共創した、蒔絵を現代風にアレンジしたバッグの数々。撮影:三浦一夫

今、私自身がつくづく納得し、噛みしめているのは拙著を出版したときに唐鳳(オードリー・タン)氏から寄せていただいた以下の言葉である。

“台湾は悠久の歴史と多様な民俗の美意識、そして共創の精神により、日々、新たな姿を創造している”

これこそが、「台湾らしさとは何か?」への答えではないかと思っている。是非、会場へ足をお運び下さい。

「時を超える台湾生活工芸展」詳細

入り口右手にある大きなポスターには、唐鳳(オードリー・タン)氏からのコメントが。「台湾らしさ」を考えるうえで啓示となるだろう。撮影:藤田修平

●会場 台北駐日経済文化代表處 台湾文化センター 
東京都港区虎ノ門1-1-12 虎の門ビル2階 TEL 03-6206-6180
●会期
2026年10月1日(木)~30日(金)平日開館(が基本)
10月12日(スポーツの日)特別開館 
10月14日(水)講演会を開催
『台湾らしさとは何か?世界の潮流から考えるクラフトとデザイン』 デザインジャーナリスト 木田隆子氏)14時~15時半
*イベントへの参加ご希望の方はPeatixよりご応募ください。参加費無料です。
*詳しい内容は下記「台湾文化センター」の公式HPをご覧下さい。

著者本。詳細はこちら。https://www.shogakukan.co.jp/books/09311588

文/平野久美子
ノンフィクション作家。東京都出身。学習院大学文学部仏文科卒業。編集者を経て執筆活動へ入る。著書に『淡淡有情―日本人より日本人の物語』(小学館、第6回小学館ノンフィクション大賞)、『トオサンの桜 台湾日本語世代の遺言』『リトアニアが夢見た明治ニッポン』(以上産経NF文庫)、『台湾に水の奇跡を呼んだ男』(産経新聞出版、日本農村土木学会著作賞)、『テレサ・テンが見た夢 華人歌星伝説』(筑摩文庫)、『牡丹社事件 マブイの行方 日台それぞれの和解』(集広舎)『台湾クラフトへの旅』(小学館)など著書多数。(社)台湾世界遺産登録応援会会長、宮古島市国際交流会顧問を務める。日本文藝家協会会員。

 

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