陣羽織 猩々緋羅紗地違鎌模様(しょうじょうひらしゃじちがいかまもよう)
陣羽織 猩々緋羅紗地違鎌模様(しょうじょうひらしゃじちがいかまもよう)
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

はじめに-陣羽織とはどのような物だったのか

戦国武将の姿を思い浮かべたとき、甲冑の上に鮮やかな上衣をまとった姿を想像する人も多いのではないでしょうか? その衣服が「陣羽織」です。

一見すると華やかな装飾品のようですが、陣羽織には防寒や防雨といった実用性だけでなく、武将の威厳や存在感を示す役割もありました。

では、陣羽織とはどのような衣服で、なぜ戦国武将たちはこれほど派手な意匠を好んだのでしょうか? 詳しく見ていきましょう。

「陣羽織」の読み方と意味

まずは読み方から確認しましょう。

「陣羽織」は「じんばおり」と読みます。

中世末期から戦国時代にかけて、武将が主に具足の上に着用した上衣のことで、「具足羽織」や「陣胴服(じんどうぶく)」などとも呼ばれました。

もともとは、軍陣での防寒や防雨など、実用的な目的を持つ衣服だったと考えられています。

ただし、それだけではありません。戦場で武将自身の存在を際立たせたり、威厳を示したりするための衣服としても発達しました。

前身頃には、護身を祈って「愛染明王」と「不動明王」を表す2つの種子があしらわれています。種子とは、仏や菩薩を一文字で象徴的に表した梵字のことです。 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
陣羽織 白練緯地種子影文字経文模様(しろねりぬきじしゅじかげもじきょうもんもよう)
写真の陣羽織は、安土桃山時代のもの。
前身頃には、護身を祈って「愛染明王」と「不動明王」を表す2つの種子があしらわれています。
種子とは、仏や菩薩を一文字で象徴的に表した梵字のことです。
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後ろ身頃には、武士の守り本尊として信仰された「摩利支尊天」の文字を籠文字で表現。その文字の内部には、護身を願う経文が細かく書き込まれています。 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
後ろ身頃には、武士の守り本尊として信仰された「摩利支尊天」の文字を籠文字で表現。
その文字の内部には、護身を願う経文が細かく書き込まれています。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

「陣羽織」についての解説

陣羽織は、もともと軍陣で役立つ実用的な衣服でした。しかし戦国の武将たちは、そこに色や素材、文様などさまざまな工夫を凝らし、自らの存在を印象づける装いへと発展させていきます。

では、実用品だった陣羽織は、なぜこれほど華やかな「見せる衣服」になっていったのでしょうか?

実用品から「見せる衣服」へ

室町時代の末期になると、戦い方の変化に伴って甲冑も軽快なものへと変化していきました。その中で、鎧直垂に代わって、具足の上から羽織る外衣が使われるようになります。

陣羽織は、防寒や防雨の役割を果たす一方で、武将の威容を整えるための衣服でもありました。戦場では多くの兵が入り乱れるため、目立つ色や意匠は、自らの存在を示すうえでも有効だったのでしょう。

背に家紋や合印を付けるものもあり、所属や役職を示す標識として用いられることもありました。

素材も形も自由|戦国武将の美意識を映す

戦国末期から桃山時代の陣羽織は、形や素材に決まった型が少なく、非常に自由でした。袖なしのものだけでなく、広袖や小袖式、さらにはマントのような形のものもあります。

素材にも、絹や麻だけでなく、舶来の羅紗(らしゃ)やビロード、唐織、皮革、紙などが使われました。猩々緋(しょうじょうひ)の鮮やかな色を用いたものや、孔雀の尾羽、鳥毛などをあしらった華やかな例もあります。

陣羽織 猩々緋羅紗 輪違いに二引紋付 ヨーロッパの赤い毛織物は酒好きの妖精「猩々」のように赤いと、戦国時代から武将に好まれた。 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
陣羽織 猩々緋羅紗 輪違いに二引紋付(しょうじょうひらしゃ わちがいにふたつひきもんつき)
ヨーロッパの赤い毛織物は酒好きの妖精「猩々」のように赤いと、戦国時代から武将に好まれたという。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

刺繍や切りばめ、描絵などで模様を施したものもあり、ボタン掛けやフリルなど、南蛮服飾の影響が見られるものもありました。

まさに陣羽織は、戦国武将の美意識や個性を表現する「見せる衣服」でもあったのです。

秀吉も「袖なし胴服」を具足姿で

陣羽織に近い衣服について、秀吉自身の興味深い記録も残っています。

文禄元年(1592)、肥前名護屋から妻の寧々へ送った書状で、秀吉は贈られた「袖なし胴服」について、具足のときにはいいものの、日常には必要ないという趣旨を伝えています。

「かへすがへすいろいろとりそろへ給候、おうれしく候、又そでなしどうふくむやうにて候、そでなしはぐそくのときばかりよく候、いり不申候」

この記述からも、袖なしの胴服が、具足姿と結びついた衣服として認識されていたことがわかります。

戦場でも人目を引く装いを好んだ秀吉にとって、こうした衣服は単なる防寒具ではなく、自らの威容を演出する道具のひとつでもあったのでしょう。

最後に

陣羽織は、戦国武将が具足の上に着た実用的な衣服であると同時に、自らの威厳や個性を示すための重要な装いでもありました。

羅紗やビロード、鳥毛、鮮やかな色彩…。型に縛られず、思い思いの意匠を凝らしたその姿には、戦国から桃山へと移り変わる時代の華やかな空気も映し出されています。

『豊臣兄弟!』で陣羽織が登場する際には、その色や形だけでなく、「誰が、どのように自分を見せようとしているのか」にも注目すると、武将たちの人物像がより鮮明に見えてくるかもしれません。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

●取材・執筆/末原美裕

1300年の歴史を持つ京都に住むようになって早くも10年以上が経つ。「戦国武将の生き字引」を目指し、実際に武将たちのゆかりの地を訪ね歩きながら「日本史人物伝」「日本史事件録」などの記事を執筆している歴女。歴史好きが高じて『京都学問所紀要 鴨長明の世界』『京都学問所紀要 方丈記』(ともに賀茂御祖神社京都学問所)の書籍を編集。京都の奥深い歴史と文化を日々探究中。

Instagram:@kyoto_monokaki
note:@kyoto_monokaki

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)

アイキャッチ画像の出典/ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

 

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