渋谷幸平氏。1981年(昭和56年)生まれ、「津軽じょんから節」発祥の地として知られる青森県黒石市出身。9歳より津軽三味線を始め、13歳で津軽三味線の全国大会に出場し、ジュニア級で特別賞を受賞。2012年には津軽三味線全日本金木大会で最高賞の仁太坊賞を受賞。2011年から『界 津軽』で津軽三味線の魅力を伝える。

「王道なのに、あたらしい。」との視点で、今様の温泉旅館の心地よさを追求した温泉旅館ブランド『界』。ここでは、洗練された温泉文化が楽しめると同時に、地域の伝統文化と出会える「ご当地楽(ごとうちがく)」が用意されている。2021年からはご当地楽を発展させた体験プログラム「手業のひととき」が始まった。

津軽三味線で「津軽じょんから節」を弾く

津軽の奥座敷ともいわれる大鰐(おおわに)温泉にある『界 津軽』。ここのご当地楽は、津軽三味線の生演奏の鑑賞。日本画の巨匠・加山又造の大壁画「春秋波濤」を背景に、津軽三味線奏者・渋谷幸平氏と『界 津軽』のスタッフが、津軽三味線を奏でる。

渋谷氏は、津軽じょんから節発祥の地で生まれ育ち、仁太坊賞(津軽三味線の全国金木大会の最高賞)の受賞歴もある実力派。2011年10月のスタート以来、ご当地楽に関わる。

その渋谷氏が、追求し続けているのが、津軽三味線を生音で聴かせること。仁太坊(にたぼう。津軽三味線の始祖)のような盲目の坊様(ボサマ)が、家々の門前で三味線を弾き歩くなかで発展した津軽三味線は、大きな音を鳴らすのが特徴のひとつ。バチを三味線の胴にたたきつけて大きな音を出す「叩き奏法」は、吹雪の日でも家の中に音が聞こえるようにするためや、一人でも多くの人に聞かせるためなど、その由来は諸説あるが、津軽の厳しい自然と文化によって育まれたこととは無縁ではない。そうした背景を意識し、音響設備を介さずに津軽三味線の生音で聴かせる。これを、渋谷氏、そして『界 津軽』は大切にしている。

手業のひととき「津軽三味線の達人技に触れる体験」では、演奏することを通じて、その奥深い世界を知ることができる。たとえば、弾く技は、上述の「叩き奏法」のほかにも、弦をはじく「ころがし」、糸を下から上に弾く「すくい」など、いくつかの奏法がある。また、津軽三味線の糸や胴(ボディ部分)、演奏するためのバチなど、材質によっても音色や音量は異なる。そうした津軽三味線の知識を、この道のプロを通じて学べるのは貴重。そのうえで、津軽三味線の代表曲「津軽じょんから節」を渋谷氏に教示してもらう。

「限られた時間ですが、『津軽じょんから節』から季節に合った一節を選び、弾いていただきます。夏なら津軽の爽やかさ、冬なら津軽の寒さや厳しさ、といったようにです。三弦のうちの最も太い一弦は、低くて大きい音が出ます。これをかき鳴らすと、吹雪いている情景が浮かんできます。それをリアルに体験していただくために、冬には障子を開けて、雪景色を見ながら演奏してもらう。そんな趣向も凝らしています」(渋谷氏)

改めていうまでもないが、音楽は、演奏をすることで世界が広がり、鑑賞時の理解も深まる。こうしたことは知っていても、必ずしも経験できるわけではない。『界 津軽』では、聴くだけでなく、実際に演奏を体験してみて津軽三味線の奥深さを知る。こうした津軽の魅力を主人として客をもてなし、ここだけの出会いを提案する。手業のひとととき「津軽三味線の達人技に触れる体験」は、そうした主客対等のもてなしの世界に浸れる好例といえるだろう。

渋谷氏らの津軽三味線の生演奏に浸る宿泊者。加山又造作「春秋波濤」の大壁画と一体化した演奏の迫力は、ぜひ体験してみたい。なお、生演奏後、演奏者と交流を楽しめる「あどはだり」(津軽方言で「おかわり」「もう一度(≒アンコール)」の意味)というプログラムもある。
渋谷氏が季節に合わせて作る「津軽じょんから節」の一節。細・中・太は、それぞれの絃。数字は、その絃の勘所(津軽三味線の棹を押さえる位置)を示している。

津軽こぎん刺しで無心の感覚に浸る

『界 津軽』は、全室がご当地部屋として、津軽の伝統工芸を用いて設えてある。そのなかでも目をひくのが「津軽こぎん刺し」。これは南部菱刺し・庄内刺し子と並び、日本三大刺し子のひとつとされる津軽の伝統的な刺し子のこと。多くの場合、藍で染められた麻布に、白い木綿糸で布目を刺して図柄を施していく。津軽地方では野良着をこぎん(小布、小巾)と呼んだことから、この名がついた。

江戸時代の津軽藩では、庶民の着物は麻布に限られていたため、その粗い布目を針と糸で刺し子で埋め、寒さから身を守り、擦り切れることを防いだ。これが津軽こぎん刺しの始まり。やがて、単に布目を埋めるだけでなく、モドコ模様(40種類ほど存在する基礎模様)を組み合わせた幾何学模様が考案され、美の世界へと昇華されていく。こうした人々の生活の知恵、そして美意識が、津軽こぎん刺しを生み、その伝統が再評価されつつある。そうしたなかで活躍しているのが、koginアーティスト・山端家昌氏。彼のプロデュースにより、『界 津軽』には、いたるところに津軽こぎん刺しの意匠を見つけることができる。

モドコ模様の影が壁や廊下に美しく映える「木漏れ日Kogin」と名付けられた廊下。koginアーティスト・山端家昌氏によるこの廊下は米インテリア・建築誌「Architectural digest」で「世界のホテルの美しい廊下10選」のひとつに選ばれた。
『界 津軽』の40室は、すべてがご当地部屋。津軽こぎん刺しをモチーフにしたデザインでモダンな空間を演出している。各部屋には津軽金山焼のカップ&ソーサーが用意されてあり、伝統工芸を使って楽しむことができる。

このほか、実際に津軽こぎん刺しを糸と針で作ることができるのも『界 津軽』ならではのもてなし。館内のトラベルライブラリーに「津軽こぎん刺し体験」コーナーがあり、紙製のしおりの穴に糸と針を通して、こぎん刺しができる。穴に一針ずつ糸を通していくと、誰でも簡単に美しい文様が仕上がるのだ。手を動かすうちに夢中になり、時が過ぎるのを忘れてしまう。津軽こぎん刺し体験では、そんな無心の感覚が蘇ってくるかもしれない。

紙製のしおりに、糸と針でこぎん刺しを作る。本来の津軽こぎん刺しのように、針と糸で麻布に津軽こぎん刺しを作る「こぎん刺し 刺し放題」(1500円)もある。

豊かな四季を楽しめる温泉体験

大鰐温泉の開湯は鎌倉時代に遡り、江戸時代の津軽藩主・津軽為信が難治の眼病を患ったとき、夢で薬師如来から「大鰐に湧く温泉で眼を洗えば必ず治る」とのお告げがあり、その通りに眼病が癒えたエピソードを持つ足湯などもある。江戸時代に出版された温泉番付『諸国温泉功能鑑』では、東と西の番付表に並ばず、行事役として別格扱いされていた。

『界 津軽』の泉質は「ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉」で、pH値は7.6の弱アルカリ性。塩成分を含むため、塩パックのような皮膜を作って保温や保湿をしてくれる。湯上がりに化粧水や乳液を使うと、その効果はより高まる。約40度の湯船に、10分程度浸かると、深部体温がゆっくりと上がり、免疫力向上などの効果も期待できる。

開放感のある半露天風呂。いまの時期は湯船には青森ヒバのりんごが浮かんでいるが、秋になると本物のりんごが湯船に浮かべられる。
四季ごとにテーマが設けられ、展示が行なわれる水庭。これからの季節は津軽びいどろの行灯で弘前ねぶたをイメージした演出がされる。ちなみに、冬には、津軽こぎん刺しの意匠が施された「こぎん燈籠」と、かまくらの景色が宿泊客を楽しませる。

四季折々の景色に包まれる半露天風呂では、虫の音なども含めた自然の風情を楽しめる。その津軽の四季について、『界 津軽』の支配人・石島俊大さんは、次のように語る。

「6月から初夏にかけては、緑が芽吹き、とても美しい季節です。この時期の水庭には津軽びいどろの灯籠が浮かび、湯上がりに幻想的な眺めに浸ることができます。とても過ごしやすく、一年で最もいい季節です。津軽では、四季のメリハリが、他の地方と異なります。ねぶた祭りのある8月初旬は、しっかり暑くなる一方、冬の厳しさはいうまでもありませんが、一面真っ白になる雪景色に馴染みのない方には、とても感動があるはず。そうした豊かな四季の変化を、いつ来てもお楽しみいただける。これも『界 津軽』の魅力です」

四季の変化を楽しみ、その風土に育まれた伝統文化と出合う。そんな楽しみのある『界 津軽』で、温泉文化を再発見してみてはいかがだろう。

●『界 津軽』
所在地:青森県南津軽郡大鰐町大鰐字上牡丹森36-1
電話:0570-073-011(界予約センター)
客室数:40室、チェックイン15時、チェックアウト12時
アクセス:【電車】新青森駅、弘前駅から約50分。JR奥羽本線 大鰐温泉駅よりタクシーで5分。【車】二ツ井白神ICから国道7号線で約1時間、碇ヶ関ICから国道7号線で約20分。
料金:1泊2万5000円~(2名1室利用時1名あたり。サービス料・税込み。夕朝食付き)

●手業のひととき「津軽三味線の達人技に触れる体験」
※1名1万1000円(税込、宿泊費別)、1日1組(2~3名まで)、7日前までに要予約。詳細は、ウェブサイトを参照。

ウェブサイト:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaitsugaru

●koginアーティスト・山端家昌氏のウェブサイト(https://kogin.net

新たな発見を提供するご当地体験が出来る
「手業のひととき」

 

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