
夕日が海に溶け、森は静かに息づく。
潮の満ち引きに呼応するマングローブ、岩肌を伝い落ちる滝の水。
西表島には、手つかずの自然がいまも脈打つ。
作家・角田光代さんが、光と水に身をゆだね、ただ深く呼吸する旅へ。

水平線に沈みゆく夕日を眺めながらスパークリングワインを楽しむのは、小誌連載でおなじみの角田光代さん。島滞在中も日課のランは欠かさず、2日目の朝に5km、3日目の朝に8kmを走る市民アスリートでもある。
東京から直線距離でおよそ2000km。島の9割が亜熱帯の原生林に覆われる西表島。イリオモテヤマネコやカンムリワシなど国の特別天然記念物に指定された稀少な野生動物が多く生息している。
「西表島へは数年前にやまねこマラソン(※毎年2月ごろに開催されるマラソン大会「竹富町やまねこマラソン」のこと。)に出たきり。もっと島のことを知りたい」と、作家の角田光代さん。西表島に空港はない。訪れる手段は船のみだ。飛行機で石垣島へ入り、そこからフェリーでふたつある発着場のうち、北部の上原港に向かった。
壮大な夕日に見惚れる
滞在は2泊以上が望ましく、初日はのんびり過ごすと決めた角田さん。西表島の“いり”は沖縄言葉で西の意で“太陽が西へ入る(沈む)”ことに由来する。島のそこかしこに夕景の名所があり、宿の目の前、トゥドゥマリの浜、通称「月ヶ浜」で、角田さんは日の入りから黄昏時を過ごすことに。
「燃えるような色の夕日と、橙色の帯がたなびく海の姿。多くの人がそれぞれのんびりと夕日を眺める光景に感動しました。スマートフォンを閉じて、ただ日が沈むのをぼーっと見入るって、なんて優雅な時間でしょうか」
見たことのない自然の姿に癒やされ、驚きと発見
──豊かな島の時間を過ごす


翌日、ヤエヤマヒルギやオヒルギといったマングローブが群生している浜を散策した。
マングローブとは植物単体の名ではなく、熱帯・亜熱帯地域の海水と淡水が混ざり合う河口や汽水域に自生する植物の総称だ。鹿児島県を北限とし、西表島には日本最大級のマングローブ原生林が群生。マングローブの平均寿命は約50年とされ樹齢100年、いや350年に達する古木も存在するという。根で塩分を濾したり、塩分を葉などから放出するなど、海に浸かっても枯れない特徴を持つ。ヤエヤマヒルギを眺めながら、
「潮の満ち引きで根元が海中に浸るときも、根の一部は水上に伸びて呼吸できるようになっているんですって。マングローブの頭のよさに恐れ入ります」と角田さん。
ふと下(干潟)に目をやると、無数の小さな穴が開いていた。わずか1〜2cmの甲長のミナミコメツキガニがわさわさと歩いているというか移動している。角田さんがしゃがみ、顔を近づけようとすると、カニはドリルのように地中へ潜っていってしまう。
「マングローブにカニ、トカゲ、さまざまな鳥など、島に生息するすべての生物と植物が、それぞれの方法で“生”を謳歌しているようです」

太古の姿を彷彿とさせる


いよいよ、この旅最大のアクティビティ「カヤックで滝を目指す」へ。角田さんはカヤック初体験。『西表島ジャングルブック』のネイチャーガイド中野雄詞さんにパドルの持ち方、操作法を習い、カヤックに。西表島にはこうしたネイチャーツアーが多数あり、初心者でも安全に島の自然を体験できるのがありがたい。
海からクーラ川へと入る。マングローブを中心にモダマの木、サキシマスオウノキなど、さまざまな樹木によるジャングルを行く。
カヤックを係留し、沢歩きに。ほんの少しで「クーラの滝」に到着した。落差は約5mと小規模ながらも、幾重にも堆積した地層の縞模様が見事である。
「圧倒的な静寂、木々の奔放な姿、太古という言葉を思うような光景の美しさに涙が出ました。カヤックだから水との距離が近いこともよかった」と、自然の緻密さに驚く角田さん。近いうちの再訪を計画している。
キッチンイナバ



沖縄県八重山郡竹富町上原742-6
電話:0980・84・8164
営業時間:11時30分〜14時(不定)、18時〜22時
定休日:月曜・木曜
交通:西表島上原港より車で約6分
取材・文/山﨑真由子 撮影/三浦孝明
※『サライ』2026年7月号より












