極み会席の「鮑(あわび)のスモークステーキ」。づく仕上げの寄木細工の蓋を開けると、肉厚の鮑が現れ、芳香が漂う。

日本の伝統工芸の魅力は“用の美”と言われる。西洋の美術工芸品とは異なり、見る対象とするだけではなく、生活の中で使い、対話しながら感じていくところにも美意識があるゆえだ。これは、茶道のお道具が、芸術的な作品であると同時に、茶碗としても用いられることを例に挙げれば、多くの方が納得する感覚であろう。

こうした主客対等の精神性を、温泉旅館を通じて提供しているのが、星野リゾートの温泉旅館ブランド『界』である。

『界』は、「王道なのに、あたらしい。」との視点で、今様の温泉旅館の心地よさを追求した温泉旅館ブランド。四季の美しさと一体化した時間を過ごせる露天風呂、湯治文化を通じた温泉の探究、モダンな感覚と調和した和の空間、地域の食材など、懐かしいのに新鮮な時間へと誘う。それぞれの施設に創られた「ご当地部屋」では、家具、調度品、寝具、雑貨などを、各地域の伝統工芸の作家や職人らと協業して設え、“用の美”を実際に体験することができる。

作り手と触れ合う「手業のひととき」

これに加えて、昨年4月から「手業のひととき」と呼ぶ、新たな試みが始まった。「手業のひととき」は、地域の文化を継承する職人、作家、生産者の方々と出会い、触れあうことで、新たな発見を提供するご当地体験。たとえば、『界 箱根』(神奈川県)では、江戸時代から伝わる寄木細工の職人工房を訪れることができる。

「寄木細工の作家や作り手は全国各地にいますが、産地として活動をしているのは箱根一帯だけのようです」。こう話すのは、露木木工所 四代目の露木清高(つゆき・きよたか)さん。箱根の寄木細工の創始者とされる石川仁兵衛(にへえ)の孫、仁三郎(にさぶろう)に師事した初代・清吉(せいきち)さんから、この伝統を受け継いでいる。

露木清高さん(露木木工所 四代目)。1979年、小田原市生まれ。箱根寄木細工の伝統を受け継ぎつつ、「生活文化の創造」をテーマに作品作りをする。

露木さんは、箱根の寄木細工の魅力は、そのまま箱根の自然の豊かさであり、その自然と結びついた人々の営みである、と語る。

「箱根山系は、日本屈指の樹種の豊富な場所として知られています。寄木細工の魅力は、桂、ほおのき、欅(けやき)など、材料に用いられる木々の色彩の組み合わせ。それは、箱根の山々の木々の豊富さに由来するものです。最近は、外国も含めた他の産地の材料を使うことで、新しい表現が可能になってきています」

倉庫では、数え切れないほどの木材が所狭しと並び、独特の芳香を放っている。ここで数か月から数年かけて乾燥させることで、製品にしたときの歪みや割れを防ぐ。なかには神木のような貴重な木もあり、この材料の話しだけでも聞き入ってしまう。

工房では、木の切断、異なる色合いの部材を貼り付けて単位文様を作り、この単位文様を板状によせ集めによる模様作り、それの組み合わせである「種木(たねぎ)」作りの工程を見学。その後、種木を鉋(かんな)で削る「づく」引きを体験する。鉋で削られた「づく」は、0.2mmと紙のように薄く、これを指物細工などの木製品に貼り付けて作品にしたものを「づくばり」と呼ぶ。

細く小さな加工素材を組み合わせて単位模様を作る。
単位模様を組み合わせた種木を鉋で削ると「づく」ができる。

求めることで、楽しみが広がる“用の美”

こうして作られた寄木細工とは、『界 箱根』で過ごす間、あちこちで出合うことができる。たとえば、温泉地として外国人や上流階級が訪れ、西洋料理が提供されてきた箱根をテーマにした夕食の会席では、づくばりの寄木細工で料理が饗され、食事だけなく、器の美を体験できる。ちなみに、「づく」の亀甲(長寿吉兆)、麻の葉(無事成長)、市松(子孫繁栄)、三鱗(魔除け、再生)などの文様には、それぞれに意味があり、「作る」「贈る」「使う」「継ぐ」などの場面で、人々の思いが込められていく(カッコ内は、文様の意味)。そうした意味がわかってくると、その体験は豊かになっていく。そうした知的探求心を擽られるのも、魅力のひとつといえるだろう。

極み会席の宝楽盛り(八寸と、お造り取り合わせ)。地元の食材と美しい器の取り合わせが、豊かな時間を演出してくれる。

いま露木さんが取り組んでいるのは、寄木細工の新しい領域。伝統的な手法と現代の技術を融合させて新たな領域での表現に挑戦されている。

「昔は木の接着に膠(にかわ)を使っていました。これはこれで、用途によっては現代でも用いられています。その一方、新しい技術の接着剤を用いることで、材料と材料無垢材のような種木を作ることが可能になりました。これを削り出して作品にする。これは新しい領域なので、面白いものが作れると思っています」

ちなみに『界 箱根』では、露木木工所で作られた「むくづくり」のキーホルダーが、ルームキーにつけられている。こんなところからも“用の美”を体験することができる。そして、「ご当地部屋」では、部屋の入り口の灯りを始め、食器や調度品などが寄木細工で作られている。箱根の四季の移り変わり、木々の豊かさ、川のせせらぎ……。ここで過ごすひとときを通じて、日本文化の新たな発見があるに違いない。

「ご当地部屋」に用意されている食器にも寄木細工が使われている。
須雲川のせせらぎが心地よい清流リビング付き和洋室。奥湯本の静かな時間が流れている。

「私たちは、『界 箱根』が出来たころから声をかけていただきご一緒してきました。宿泊されるお客様に、寄木細工を使っていただき、時間を過ごしていただくことで、その箱根の寄木細工の魅力を伝えられて来たと思っています。それを、さらに進めた『手業のひととき』では、作っているところを見ていただき、実際に工程に触れてもらうことで、寄木細工をより深く知っていただく機会になっていると感じています」

露木さんによると、『界 箱根』の取り組みを通じて、寄木細工を愛好する方が増えているほか、新しい可能性にも挑戦しているという。

もてなす主人の心配りを、招かれる客が受け止め、それに応える。ただ受け身で過ごすのではなく、自らが探究心を持ち、求めていくと、その魅力がどんどんと広がっていく『界』の世界。その可能性は、自由に開かれている。

●『界 箱根』

所在地:神奈川県足柄下郡箱根町湯本茶屋230
電話:0570-073-011(界予約センター)
客室数:32室、チェックイン15時、チェックアウト12時
アクセス:【電車】小田急線箱根湯本駅より車で約7分。【車】箱根新道須雲川ICより、約5分。
料金:1泊3万8000円〜(2名1室利用時1名あたり。サービス・税込み。夕朝食付き)

●手業のひととき「箱根寄木細工職人の工房を訪ねるツアー」

※2022年5月6日~7月29日の毎週金曜日に開催
※1名7,000円(税込、宿泊費別)1日1組(1組あたり6名まで)、要事前予約。
ウェブサイト:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaihakone/

●露木木工所のウェブサイト(https://www.yosegi-g.com/

ロビー階にあるトラベルライブラリー。箱根にまつわる書籍などを見ながら過ごすことができる。
湯坂山と須雲川をのぞむ半露天風呂。部屋から景色を眺めながらも、自然が感じられる空間。

新たな発見を提供するご当地体験が出来る
「手業のひととき」

 

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