宿泊施設周辺の景観や宿の窓から見える風景は、利用者にとってどのような意味を持つのでしょうか? 景勝地やリゾート地に建つホテルならば、周囲の景観と“宿窓”からの眺めは、その施設を選定する大きな理由となるでしょう。また、大都市にある高層階ホテルにとっては、眼下に広がる夜景は大きな魅力となります。
古都京都に在る老舗旅館においても、周囲の景観や“宿窓”からの風景は、他の宿泊施設とは異なる重要な意味を持つようです。
「いかに古都とはいっても、時代の変遷と共に都市開発は進み、その景観は大きく変わりつつもあります。昔は部屋の障子を開ければ見えていた東山の峰々や屋根瓦が並ぶ風景も、今では無機質なビルに遮られています。
それでも長年にわたってご贔屓をいただいているお客様方は、変わらぬ京都の景色や風情を楽しみにお越しになります。そうしたお客様のご期待やご希望にお応えしようと、さまざま工夫しております」と微笑む、女将の西村明美さん。
このお話からも、老舗旅館のおもてなしの心や細やかな気遣いを感じることができます。今回は、そうした女将の思いや工夫が垣間見える老舗旅館・柊家の一部屋をご紹介していただきました。
【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第18回は、京都の市街地の中心部に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と宿をご紹介します。
◆卯月の出迎えの花
柊家の門をくぐり、石畳が敷かれた玄関には、ミツバツツジと山吹が飾られていました。
「ひと足早く初夏を感じさせてくれる、ミツバツツジを選びました。毎年、桜が終わる頃に紅紫色の花を咲かせるミツバツツジを楽しみにしているのですが、今年はあたたかい日が続いたので開花が早く、桜が散る前に、ミツバツツジが山肌に彩りを添えています。黄色と若々しい緑色が可愛いらしい山吹を取り合わせています」と、『柊家』長女の西村 舞さんが教えてくれました。
上がり口には、黒蝋梅(くろろうばい)と椿が飾られていました。
「初夏を感じさせる黒蝋梅と、行く春を惜しみ名残りとなる椿を合わせました。伸びやかな黒蝋梅の枝を生かすように入れています。小ぶりの椿は、お花屋さんが『春の名残が庭に咲いていて、可憐だったからぜひたくさんの人に見てもらえたら嬉しい』と託された頂き物です」と舞さん。
◆京都の歴史ある風情を感じさせる甍を望む、63号室
今回ご紹介いただく部屋は、新館3階にある63号室です。
「柊家といえば、川端康成先生や三島由紀夫先生がお泊まりになられた歴史ある部屋を想起されるかもしれませんが、今回は新館のお部屋をご紹介いたします。
新館をお勧めすると、お客様の中には『柊家さんで泊まるなら旧館に』とおっしゃる方が多いのですが、新館をご覧いただいたり、お泊まりいただいたりすると、お帰りの際には『新館の風情もいいね』と言っていただきます。
その後は、新館と旧館を交互にお泊まりになられたり、夏は夏座敷の旧館に、冬は新館にというように季節によって異なる部屋を選んで泊まられるお客様などさまざまいらっしゃいます」と女将。
63号室に入ると、まず目を引くのは、日本建築の屋根を形どった大胆な意匠の障子です。
「座椅子に腰をかけて外へ目を向けていただくと、昔の風情ある甍(いらか)のつながりが見えるようになっています。200年以上の歴史を持つ旧館の屋根とともに、時代の移り変わりの京都の風情が感じていただけると思っております。
また、床の間には掛け軸に見立てた窓を設えております。窓の外には坪庭があり、以呂波紅葉(いろはもみじ)、石蕗(つわぶき)、仙蓼(せんりょう)を植栽しているので、四季折々の風景を掛け軸のように観賞していただけます」
取材させていただいた日は、朱色を帯びた新しい紅葉の葉が茂り始め、その根本には仙蓼が鮮やかな黄色い実をつけていました。
麩屋町通に面した窓からは、柊家と同じく歴史ある日本旅館の建物も見え、京都らしい風情を楽しむことができます。
◆宿泊者の気持ちを推しはかり、設計された新館
築17年が経つ新館は、当時32歳の年若い新進気鋭の建築家・道田淳さんに設計を依頼されたそうです。
「当時は『どのような経緯で若い方に、設計を依頼されたんですか?』とよく尋ねられました。それには深いご縁があり、主人のゼミの教授が道田さんのお父様で、長く親しくお付き合いさせていただいていることが挙げられます。
そのようなことから、ご両親から『人のために、自分のできることはしなさい』と育てられていらっしゃるのを拝見しておりました。柊家が掲げる“来者如帰”の心を理解し、何よりも大切にして頂けると思いお願いをしたのです」と女将。
数ある宿泊施設の中から柊家を選んで宿泊される方は、おそらく“京都らしい”情緒を求めて利用されているのでしょう。そうした利用者の期待や思いを裏切らないための創意工夫が随所に取り入れられており、京都の老舗旅館ならではのおもてなしの心を感じることができました。
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一般的に宿泊施設では、周囲の風景を利用者へどう見せるかを工夫しますが、町中にある柊家では“見せない工夫”も施しています。全てを見せないことで、宿泊者が持つ京都へのイメージを膨らませたり、記憶の中にある風景を呼び覚ます効果があるように感じられました。そうした心遣いは、“柊家マジック”と例えたくなるほど。
今回の取材から、引き算の文化を大切にする京都ならではの趣向を学ぶことができました。
「柊家」
住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
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撮影/坂本大貴
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2023年4月9日に行ったものです。