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今年、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されてから、10年の節目を迎えたそうです。今にして思えば、もし10年前にその登録がなされていなかったら、現在のような「日本食ブーム」は決して起こり得なかったような気がいたします。

「和食」が、世界中の人たちから注目を集め、愛され親しまれている現状を目の当たりにすると、日本人の一人として誇らしい気がいたします。当時、ユネスコ無形文化遺産への登録に向け陣頭に立ち政府関係機関、有力政治家へ熱心に働きかけをしたのは、他ならぬ『菊乃井』三代目主人の村田吉弘(むらた よしひろ)さんでした。

その村田さんに、今後の「和食」の姿と在り方についてお尋ねしてみました。

「和食の認知度は、確かに広まったと言えるでしょう。だけど、“正しい和食”が広まったかと問われたら、決してそうではないように思いますなぁ。ですから、これからの10年は、“真の和食”を世界へ広げられるよう活動していきたい。また、そうならんといかんと思ってます」

そうした思いを持って作られた今回の一品は、桜花が散りばめられた煮物椀です。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第17回は、八坂神社近く、『菊乃井 本店』の卯月の花と京料理をご紹介します。

玄関には、お釈迦さまの生誕を祝う花祭り(4月8日)に合わせて「春光照天地(春光天地を照らす)」と書かれた軸と、甘茶が張られた佐波理(さはり)に花が浮かべられ誕生仏が飾られていた。

◆卯月の桜花仕立ての煮物椀

『菊乃井本店』の卯月の献立の中から、今回は煮物椀を取り上げます。桜の螺鈿が施された、洗朱(あらいしゅ)の椀が目を引きます。

「お椀は、鎌倉明月院に伝わる明月椀を元に菊乃井の趣向を取り入れて、職人に作ってもらったものです。本来の明月椀は、内外を朱塗りにして螺鈿の桜花文を散らしますが、うちの椀は形に丸みを持たせ、白蝶貝の後ろに紅を入れることで、桃色の蝶貝に仕立てました。洗朱のお椀は、雅さの中にも愛らしさがあるので、お客様からは『かわいらしい!』とよく言われますね」

煮物椀は伝助穴子桜花仕立て、お出汁に桜花が入り、伝助穴子、蓬豆腐、芽吹いたばかりの蕨、筍が入ります。

「花を愛でる方法の一つに、“花を食する”ことがあってもいいのではないでしょうか? そう思い、この時季は伝助穴子桜花仕立ての椀をお出ししています。塩漬けした桜の花びらを椀に入れるのは、菊乃井だけです。

伝助穴子は、あまり聞きなれない名前かもしれませんね。明石を始めとした瀬戸内海で獲れる、太穴子のことを言います。サイズが大きいため骨切りをしておりますので、見た目は鱧に似ています」と村田さん。

◆広間に飾られた山吹と石楠花

今回は『菊乃井 本店』の2階、「広間」にて取材をさせていただきました。床の間には、山吹と石楠花(しゃくなげ)、山梨、利休草が生けられていました。

「花器は、近代陶芸の巨匠・板谷波山(いたや はざん)のものです。合わせた孔雀絵の軸は、徳川家伝来の伊藤若冲作のものになります。祖父は若冲が好きだったので、若冲の軸をたくさん集めていました。

違い棚には、尾形光琳作の文箱(右)と硯箱(左)が置かれている。

違い棚の下に飾っている狛犬には、逸話が残されています。戦前、政財界で活躍した藤井善助は優れた東洋の美術品が西洋に流出することを憂い、私費を投じて美術品を蒐集し、『藤井斉生会 有鄰館(ゆうりんかん)』に展示したそうです。この美術館に展示することのできない作品については、祖父が譲り受けたと聞いています。この狛犬もその一つです」と村田さん。

廊下に飾られた蘇鉄(そてつ)の根には、「徳不孤(とくこならず)」と書かれている。その後には、「常に隣人有り」と続き、本来は対になっているが、それは有鄰館に展示されている。
清朝最後の皇帝・溥儀(ふぎ)が残したもの。

◆「和食」がユネスコ無形文化遺産に選ばれた経緯

ユネスコ無形文化遺産に登録された和食ですが、登録名はJapanese meal(ジャパニーズミール)などではなく、「WASHOKU」とローマ字で登録されているそうです。最終的に登録が承認された理由は、驚くことに「全国民が元日の午前に一斉に雑煮を食すこと」が決め手だったとか。この経緯について、村田さんにお話をお聞きしました。

「ユネスコ無形文化遺産に和食を申請するに当たり、『四季の情感を料理に映し出していること』、『素材の持ち味を大切にしていること』、『栄養バランスが非常に優れていること』などを理由として申請しましたが、“果たしてそれは日本の文化なのか?”ということが審査において議論され、なかなか認められませんでした。最終的には『元日の午前に全国民が雑煮を食す』ということは、日本国民の生活に根ざしているという証となり、文化として認められたのです。

ですから今後、日本料理が庶民にとって気軽に食べられないような高価なものとなってしまえば、それは日本文化とは言えなくなるよね」と、深く噛み締めるように村田さんはおっしゃいました。

この言葉に、村田さんの哲学が感じられました。

『菊乃井』三代目主人の村田吉弘さん。

***

取材を終え、今回紹介した小さなお椀の料理からは「和食の文化を世界に正しく広めていきたい」という村田さんの熱い思いと深い愛情を感じるとともに、お椀の中の一つ一つの食材からは日本の食文化を味わうことができました。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始
https://kikunoi.jp

撮影/坂本大貴
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2023年4月6日に行なったものです。

 

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