宿泊先を決めるにあたって、「お風呂」というのは大きな要素の一つでしょう。中には、最も大切な条件となる場合もあります。温泉地の旅館であれば、お風呂自慢の宿も多いものです。
しかしながら、京都のように温泉地ではない観光都市となれば、お風呂を目的に宿を選ぶ方は少ないのではないでしょうか。それだけに、温泉をも上回るようなお風呂のおもてなしがあれば泊まってみたいと思いませんか?
京都の中でも特に歴史のある老舗旅館『柊家』を通して、日本旅館での「お風呂」のおもてなしを紹介します。
【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第12回は、京都の市街地の中心部に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と宿をご紹介します。
◆如月の出迎えの花
柊家の門をくぐり、石畳が敷かれた玄関には、季節の花を代表する椿と山茱萸(さんしゅゆ)が飾られていました。
「立春を迎え、花木が蕾(つぼみ)をつけ始めます。土の下で寒い冬をしのいできた草花も地上に顔を出し生長していく時期ですので、いよいよ色彩豊かに春めく草花を楽しめる時期がやってきます。
立春を迎えたとはいえ、まだ色彩が少ない寒々しい時期。そうした中で咲く、紅の薮椿に心惹かれます。愛らしい黄色の花をつける山茱萸を合わせ、早春の趣でお迎えさせていただきました」と、『柊家』長女の西村 舞さんは語ります。
上がり口には、猫柳と立金花(りゅうきんか)が飾られていました。
「春先に芽吹く柳の中で、もっとも早く花を咲かせるのが猫柳です。京都でも、山あいの川べりに自生しています。花穂が猫の尾に似ていることから『猫柳』の名がついたそうですが、風に揺れてキラキラと輝く自然の景色をいつか見に行きたいですね。
取り合わせたのは、立金花です。こうした初々しく可愛らしい草花が出てくると春の気配が感じられてうれしくなるものです」と舞さん。
◆高野槙の浴槽と京都の地下水が堪能できる全客室の風呂
柊家のお風呂は温泉ではありませんが、「一日の疲れがよく取れる」と評判です。『柊家』六代目女将の西村明美さんに詳しいお話をお聞きしました。
「宿は一日のお疲れを取っていただき、くつろいでいただく場所です。その中で、食事やお風呂は大切なものだと思っております。
私どものお風呂はすべて高野槙(こうやまき)で造られております。高野槙は大きくなるまでに長い歳月を要します。そのため、材は強靭さと緻密さを備えます。幾度か『湯が朝まで温かかったのですが、どなたか温めてくださったんですか?』と尋ねられたことがありますが、高野槙は保温性が高いため自然の力で熱を保っているのだと感じております。
お風呂の水は、京都の地下水です。京都盆地の地下には、琵琶湖に匹敵するほどの大きな水がめが存在していると言われていますが、その豊かな水を使っています。平成に入り、京都市営地下鉄東西線の工事が始まってから地下水の水量に異変が起こりました。そこで、さらに井戸を掘り下げて、現在では地下約60メートルから汲み上げています。
川端康成さんは、私どものお風呂を『私の家内なども柊家の清潔な槙の木目の湯船をよくなつかしがる』と評してくださいました。高野槙の浴槽と井戸水が相まって、湯をひときわ柔らかく感じていただけるのだと思います」と女将は語ります。
◆小川三知さんのステンドグラスが飾られる、家族風呂
二つある家族風呂のうちの一つには、ステンドグラスが配されています。
「このステンドグラスは“日本のステンドグラス作家の草分け”と呼ばれる、小川三知(おがわさんち)さんによるものです。私が幼い頃から、こちらの家族風呂に飾られていました。大正時代の家族風呂はアールデコ調だったこともあり、ステンドグラスは当時の意匠のまま残っております。
お客様の中には、『小川三知さんのステンドグラスが見たい』とおっしゃって、お越しになる方もいらっしゃいます。西洋で作られたガラスで、京都を表現した意匠や風合いを楽しんでいただけたらうれしく思います」と女将。
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時として、旅行というものはスケジュールに追われ、慌ただしくなることも。せっかく旅行へ出かけたのに、かえって疲れてしまうこともあるものです。
宿に足を踏み入れ、お風呂に入ると、本当の“くつろぎ”が訪れます。そして、お風呂上がりの「一杯」や美味しい食事が、至福の時をもたらすでしょう。
そのように考えますと、日本旅館におけるお風呂は、大切なおもてなしの一つであることがわかります。
「柊家」
住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
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撮影/梅田彩華
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2023年2月10日に行ったものです。