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5月に行なわれた先進7か国首脳会議(G7サミット)は、近年にない注目を集めました。その会議で首脳陣の舌を楽しませた料理を監修した『菊乃井』村田吉弘さんに、これまで表に出ていない興味深いエピソードをお聞きしました。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第23回は、高台寺東側にある『菊乃井 本店』の水無月の花と京料理をご紹介します。

玄関には、橙色の花を咲かせるセンノウ、白い蕾の大山蓮華(れんげ)、矢筈芒(やはずすすき)が飾られていた。

◆G7サミットで注目を集めた、お好み焼き秘話

G7サミットに関する話題は、さまざまな形で報道されました。特に首脳陣が食した料理は、関心が高く、中でも一際「岩牡蠣のお好み焼き」が話題となりました。日本の懐石料理には異質に見える広島のお好み焼きは、なぜメニューに加えられたのでしょうか? その経緯や背景、料理人・村田さんの思いをお聞きしました。

右が岩牡蠣のお好み焼き、左は甘鯛飯蒸し

「せっかく広島でG7サミットが行なわれるのですから、形式にとらわれず、広島を代表する料理は加えるべきだと考えました。そうすることで、日本の食文化の一つである広島のお好み焼きが世界に認知されることを望みました」と村田さん。

各国の首脳陣に出すお好み焼きですから、村田さんならではの工夫と趣向があったようです。

「作り方として、お好み焼きの生地は葛粉と小麦粉を合わせて出汁で練りました。その生地に味付けした岩牡蠣をつけて、鉄板で焼きました。岩牡蠣に火を通している間に、生地を円形に焼いてネギをたっぷり乗せ、その上に火の通った岩牡蠣を乗せます。生地をたらしたら裏返し、上から押さえながら、しっかりと焼き上げます。

ソースを塗ってマヨネーズをつけて青のりを振りました。出来上がった円形のお好み焼きの天地両端を切って四角形にし、さらに2つに割って一口で食べられるようにしています。

出す直前に鰹節を乗せて、踊らせました。首脳たちもその様子を見て、楽しんでいただけました」

この時、使用されたソースは、広島のオタフクソースが使われたそうです。しかも、そのソースは、オタフクソース創立百周年記念として特別に作られたものでした。

◆日本食の真髄が表れた、「冷やしレモン味噌汁」

もう一つ話題になったのが、煮物椀の「冷やしレモン味噌汁」でした。

冷やしレモン味噌汁

「この椀物に使用された味噌は、G7に合わせて考案した物ではありません。『菊乃井』では、元々広島産のレモンを使用しておりました。そこで生じる大量の搾りかすを廃棄するのは農家さんに申し訳ないという思いから、料理人たちが考案した味噌です。その味噌が、G7の舞台で日の目を見たわけです。

ここ数年、SDGsの意識の高まりによって、食品ロスの問題が注目されていますね。しかし、和食には食材を無駄にしないという精神が元々あるんです。だから、うちの料理人は日々の仕事の中で、そうした精神が宿っており、今回の味噌が生まれました」と村田さん。

どんな味わいなのかを聞いてみると……。

「今日は訳があって出してあげられませんが、レモンの搾りかすは麹と混ぜることによって、レモン独特の強い酸っぱさがなくなります。爽やかで丸みのある柔らかい味わいは、冷製にすることで一層引き立ちます。これから暑くなりますので、献立に加えていきたいと思っています」

◆料理人・村田さんの考える、究極の贅沢

『菊乃井本店』の水無月の献立の中から、今回は香の物をご紹介します。オールドバカラに、きゅうりと水茄子、茗荷のぬか漬けがいかにも涼しげに盛りつけられていました。

きゅうりと水茄子、茗荷の “どぼづけ”。どぼづけとは、ぬか漬けのこと。

「今日紹介する料理は漬物ですが、どうしてなのかと不思議に思うでしょう? それは、漬物が日本の食文化そのものだからです。香の物というと料理の添え物のように扱われますが、『菊乃井』では料理の一つとしてお出ししています。京都は名のある漬物店が多いですが、そうしたところから仕入れるのではなく、糠床を守って店で漬けています。

そうした日本の食文化は、食卓から消えています。漬物というと今や浅漬けと思っている人が多いでしょうが、かつてはどこの家庭でも糠床を作って、季節の野菜を漬けて食していました。

和食がユネスコ無形文化遺産になってから、今年で10年です。その食文化の中で何が一番身近かと問われたら、やっぱり漬物でしょう。そうした食文化は、大切にせないかんですよね。

例えば、ご家庭でタッパーを利用して糠床を作り、きゅうりや茄子を漬けて、ちょっといい器に盛ってみれば、立派な料理に見えるでしょう。ちなみに、この器は大正初期に大阪の美術商・春海堂が懐石道具としてバカラに注文して作った貴重な品です。

高級な食材や有名な飲食店で食すことが、贅沢かのように思われがちです。しかし、長年料理に携わっている私からすると、決してそうとは思えません。

心のこもったものや、特定の地域でしか食べられないもの、その季節でないと食べられないもの、あるいは熟成させないと味わえない食材、長い経験から生み出される料理。そうした条件から生まれた食材や料理を、味わって食すことこそが贅沢だと思いますがねぇ。

例えば、お腹の空いている時に、釜で炊いた炊き立てのご飯と温かい味噌汁、それに何十年も守られてきた糠床で漬けた漬物を食べることができれば、これすなわち贅沢の極みでしょう」と村田さんはおっしゃいます。

◆北大路魯山人の備前の手桶に生けられた、夏椿

今回は『菊乃井 本店』1階の、「牡丹」の部屋にて取材をさせていただきました。火襷が見事に出ている、北大路魯山人の備前の手桶には、夏椿と半夏生(はんげしょう)、珍珠梅(ちんしばい)が生けられています。

「軸は熊谷守一の河童を合わせました。懇意にしている古美術商の還暦のお祝いに伺った時、『60になっても屁の河童や!』と言って、河童の軸を掛けていたから面白いと思い、購入した作品です。私は熊谷守一の作品が好みなので、京都高島屋にある『無碍山房』には彼の作品ばかり飾っています。

河童の絵は様々生み出されていますが、水彩で描かれたものは珍しいと思います。河童の下に描かれているのは、鯉です」

部屋の東側に飾られた屏風にも、鯉が描かれていました。

「この屏風は、伊藤若冲のものです。守一が描いた鯉と若冲の鯉では、えらい違いがありますなぁ。ヘチマにはヤモリが描かれています」と村田さん。

造りかえられた、庭。以前の庭(https://serai.jp/kajin/1113555)と比べると、一目瞭然。
「トクサ中心の庭にしました。夜、露地行灯を置くと幽玄の世界に見えます」と村田さん。

***

G7サミットの料理監修の依頼は、およそ半年前にあったそうです。厳重な箝口令の敷かれた中で進められた準備には、驚くようなエピソードが数多くありました。中でも驚いたのが、料理に使用する全ての水・約600リットルと器は、京都から持ち込まれたこと。また、板前と給仕スタッフは数日前から広島入りし、準備とリハーサルを重ねられていたそうです。

さらに、メニューを考えるに当たっては、開催地である広島の食材を取り入れ、食文化をも反映する工夫と、さまざまなご腐心があったことがお話から伝わってきました。

そうしたこぼれ話から、村田さんの日本人としての矜持を感じ、私の心に日本人として生まれた喜びが気高き花のように咲きました。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始
https://kikunoi.jp

撮影/坂本大貴
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2023年5月7日に行なったものです。

 

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