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生活において食事は、欠かすことのできないものです。また、食事に器は欠くことのできない道具です。その器は通常、料理の種類と量に応じて選びます。しかし、料理を出す相手と状況、その時の気持ちによって、器というものが特別な意味を持ち始めます。

器にも料理にも深い知識を持たない者からすれば、あたかも「卵が先か鶏が先か」というような短絡的な選択であったり、「高いものはいいものだ」という価値観に基づく選択になってしまいがちです。そこで、『菊乃井』三代目主人でもあり、料理人の村田吉弘(むらた よしひろ)さんに料理と器の関係性についてお尋ねしました。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第20回は、高台寺東側にある『菊乃井 本店』の皐月の花と京料理をご紹介します。

玄関には、菖蒲の節句(5月5日)に合わせて有職家の手による檜兜が飾られていた。この兜を作る職人はもういないという。
軸は鯉が川を上っているもの。5月の末まで飾られている。

◆料亭における器の役割

「器というのは、いうなれば料理にとっては着物です。着る者がいないのに、着物を先に選ぶのはおかしな話ですよね。ですから、私たちは料理を決めてから、器選びをします。季節や食事に合わせて器を選んでいるので、その種類と量を管理するのは大変です。

弥生の『菊乃井 本店』を彩る桃の花と上巳の節句の八寸」でご紹介した、貝桶。
3月しか使われないが、保管する場所は“仰山”必要とするという。

新しい器の品定めをするときに、まず聞くのは『これ、なんぼや?』ということですね(笑)。値段に釣り合うものであっても、その器に見合う料理がなければ購入はいたしません。

以前は、まな板皿など、大きな器を好んで購入していたものですが、そうしたものの出番は少ないものですわ。今では、比較的小さい器を購入することが多くなっています。また、うちは“侘びない料理屋”なので、重々しい色使いのものや、奇抜な意匠の器、侘び過ぎているものは選びませんね」と、村田さん。

◆本物を見極める能力の身に付け方

美術品の良し悪しを判断するためには、優れた作品を多く見ることで“目が肥える”と言われますが、村田さんはどのように目利きの力を身に付けられたのでしょうか? その背景についてお話を伺いました。

「子供の頃、カレーライスを食べる皿は、陶芸家の河井寛次郎先生が作陶したものでした。だからといって美術品の価値がわかるようになったかと言われると、そうではないわなぁ。やはり、人間というのは、意識をして“物”を見ないとわからないものなんです。

物を見る目を養うという意味では、幼い頃からしばしば祖父には古美術商へ連れて行かれました。ある時のことです。『この明の染め付けと古伊万里の染め付け、どっちがええと思う?』と聞かれました。その時、私は明の染め付けを選んだそうです。その理由というのが『バッタが描いてあったから』と応えたそうで、それにはさすがに祖父も、がっかりしたそうです。子供なんてそんなもんですよね(笑)。

『菊乃井』三代目主人の村田吉弘さん。

それに、祖父の時代には、古美術商が頻繁に店を訪れていました。祖父は床の間に次々と軸を掛けさせ、品定めをしたものです。私は、そんな祖父の隣に座り『次はどんな絵が出てくるんだろう?』とわくわくしながら見ておりました。祖父は『あそこの色が綺麗やろ』とか『墨だけで描いているのに、色付いているように見えてくるやろ』などと学芸員さながらに講釈を聞かせてくれました。

こうした幼い時の経験が、美術品を見極める“物差し”の基礎となりました。『これが一番ええもんや』というものがわかってくると、本物じゃないものが出てきたりすると違和感を覚えるもんですわ」

◆料理人・村田吉弘さんの北大路魯山人の器への思い

『菊乃井 本店』は名のある作陶家の器を数多く所有していますが、その中でも北大路魯山人の器には様々な思いがあるそうです。

「桃山時代の織部は素晴らしいものが多く、その時代の作品に接していると、他の時代の織部には『なんじゃこれ……』と仰天してしまうことがしばしばあります。そうしたことからすると、魯山人の織部は桃山時代のものに近いので、『やっぱり魯山人はすごいな』と思わされますね。

一方で、いい器というのは、どこまでいっても料理を引き立てるものでなければなりません。したがって、たとえ魯山人の器であっても料理を盛り付けていなければ、ただの器なんです。以前のことにはなりますが、足立美術館が所有している魯山人のいくつかの器に、実際に料理を盛り付けさせていただいたことがあります。その時の写真が、現物の器とともに展示されています。

有名な魯山人の器ですが、すべてがすべて名品かと問われたら、そうではないようにも思います」

◆武将の鎧兜に見立てた伊勢海老の焼物

『菊乃井本店』の皐月の献立の中から、今回は焼物を取り上げます。味わいのある青碧(せいへき)の皿に、目にも鮮やかな赤色の伊勢海老が盛りつけられ、いやも応もなく食欲を沸き立たせます。

「伊勢海老山椒焼きは、菖蒲の節句を意識しています。伊勢海老の姿は、さながら武将の甲冑や具足のようですよね。この伊勢海老は生でも食べられるほどのものですが、さっと焼いております。ですので、中はレアです。上から、花山椒とたたいた木の芽をのせていますので、伊勢海老の身と一緒にお召し上がりください。

皿は、北大路魯山人の織部キク向鉢です。見ていただきたいのは、深みのある織部の発色の良さです。他にはない色合いですよね。なにせ魯山人は変わり者で、織部で人間国宝に選ばれたにも関わらず、辞退するような人なんです。

モダンさに惹かれて、私が手に入れました」

◆芙蓉の間に飾られた円山応挙の虎の軸と菖蒲

今回は『菊乃井 本店』最奥の、「芙蓉の間」にて取材をさせていただきました。

「力強い虎の軸は、円山応挙の作風がよく見てとれる一幅です。近寄って見ていただくと、一本一本の毛まで描かれていることがおわかりいただけるかと思います。随分前に祖父が買い求めたものです」と村田さん。

三代目・澤村陶哉(さわむらとうさい)の花入には、武士の潔さを感じさせるかのように菖蒲二輪が抛入(なげいれ)られていました。

庭には、例年より早くに藤の花が咲いていた。

***

伊勢海老の焼物を食した後、見込を眺めると、この器の出生を明かすかのように星岡窯(せいこうよう)の窯印が現れました。その皿を手にすると、魯山人の織部の深い色合いと手に馴染む風合いが感じられます。料理を楽しむことにおいて、器というものが重要な役割を果たしていることを実感いたしました。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始
https://kikunoi.jp

撮影/坂本大貴
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2023年4月29日に行なったものです。

 

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