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これまで4回の『菊乃井 本店』の取材を通して、“料理の価値”とは何かを考えさせられます。「世の中、高級食材を使った料理や有名店で高価なコース料理を食すことに価値を感じる風潮があります。そうした傾向は、今の物価高においてはますます助長されることになるのではないかと危惧しております」と話すのは、『菊乃井』三代目主人の村田吉弘(むらたよしひろ)さん。

今回ご紹介する『菊乃井 本店』の趣向を凝らした料理から、本当の“料理の価値”とは何なのかが見えてくるのではないでしょうか。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第11回は、八坂神社近く、『菊乃井 本店』の如月の花と京料理をご紹介します。

◆春光招福、如月の八寸

『菊乃井本店』の如月の献立の中から、今回は八寸(会席料理において酒の肴になる料理を少量ずつ盛り合わせたもの)を取り上げます。檜の前菜箱の蓋には、村田さん直筆の「春光招福」と書された“のし”がかけられていました。

「春光招福」の蓋を開くと、「まぁ、可愛い」と思わず顔がほころんでしまうような、おたふくの顔をかたどった蓋付き小鉢が目に入ります。「おたふくの蓋付き小鉢の中には、ピリッと辛い葉山葵(はわさび)が入っています。“おたふくの中は鬼やん”と、洒落っ気のある趣向も楽しんでもらえたら嬉しいです」と村田さんは笑います。

右上から時計回りに、手綱寿司、小川唐墨、黒豆、梅豆腐、助子落雁(すけこらくがん)が並びます。

手綱寿司は、2月の行事である初午(はつうま)の手綱を模しています。節分にちなみ、鰯(いわし)と海老で表現されています。梅豆腐は豆腐を梅干しに漬けて桃色に染め、梅の型で抜いたもの。助子落雁は、鱈の子を昆布で巻いて炊いたものです。

取材当日は2月3日であったため真ん中には柊が飾られていましたが、これは節分まで。時々の歳時とともに、飾り付けも変わります。

◆初代が残した、「小川唐墨」の献立

八寸の一品、「小川唐墨(おがわからすみ)」は、村田さんの祖父(初代)が考案したレシピを復元したものです。なぜ復元したのかについて、村田さんに経緯をお聞きしました。

「祖父はお客様をもてなしてきた料理を息子に伝え残そうと、そのレシピ一つ一つを詳細に記録していました。父も同様に記録を残していますが、祖父が残した献立の方が興味深いですね。

祖父の記録を見ていると、“唐墨に烏賊を巻いて、みりん粕に漬け込んで1か月置く”という記載を見つけました。今時、1か月もかかるような料理は誰も作らないでしょう。だから、うちはやってみようと思ったんです。作ってみたら美味しかったので、それ以来お客様に出すようになりました。お客様にもご好評をいただいて、かれこれ20年くらいご提供し続けています。

唐墨は、鰡(ぼら)の卵巣です。産卵期を迎えた鰡を獲り、その腹を割って卵巣を取り出し、塩漬けにします。塩が回ったら塩抜きを経て、天日干しをして9月初旬に出荷され、市中に出回るのは10月初旬です。

10月はそのままを切って食べられますが、12月になると油が回るので炙って食べます。1月を過ぎると、唐墨粉にしたり、つぶし仕事をして、美味しくする方法を考えます。

京料理には、こうした手間と時間のかかる仕事がぎょうさんあります。そうした仕事を実践していかないと、次の時代に残すことはできません。とかく現代は“時短、時短”と言われているようですが、そんなことをしていたら日本の食文化は失われてしまいます」

◆梅瓶の梅と若冲の軸

今回は、『菊乃井 本店』の1階の「牡丹」の部屋にて取材をさせていただきました。床の間には、梅が生けられていました。

韓国の梅瓶(ばいびん)に入れられた、梅。
花台は、神代けやき。

「2月のおもてなしの花は、やはり梅でしょう。京都では北野天満宮で梅花祭もあります。合わせた軸は伊藤若冲のもの。軸に描かれているのは、春の鳥である雉(きじ)です。

今、料理屋において“贅沢”とは何かと問われたら、ひと一人の占有面積の広さではないかと思いますね。ここは6名様用の部屋になりますが、変形した間取りでゆったりとした造りになっています。

料理屋をするには広大な敷地がいります。だからといって、料理屋はその広い敷地に工場を建てて料理を大量生産するわけにはいかないのです。つまり、料理屋というのは、経済的には非常に効率の悪い商いなんですよ」と村田さん。

立春を過ぎても、庭には残雪が。
光の波を表現した障子。
「普通の障子では面白くないので竹で波を表現し、光を入れました。
菊乃井は代々、北政所が茶の湯に使った『菊水の井』を守った家ですから、
建物内には水をモチーフにしたものをあちこちにあしらっています」と村田さん。

***

『菊乃井 本店』の料理には、「お客様に楽しんでいただきたい」という料理人の思いから生み出される趣向が隠されています。

また、料理店には、目に入るしつらい隅々に配慮があります。「『菊乃井 本店』においては、張り物やレプリカのようなものは一切置いておりません。百年経っても変わらぬ価値のものを揃えています」と村田さんはおっしゃいます。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始 
https://kikunoi.jp

撮影/坂本大貴
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2023年2月3日に行なったものです。

 

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