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玄関に飾られていた花は、美男葛(びなんかずら)。花器は三代目・澤村陶哉(さわむらとうさい)さんのもの。

立冬を迎え、師走の足音が聞こえるこの季節。宮中では、「玄猪(げんちょ)」が執り行われます。玄猪とは、陰暦10月の亥の刻に新穀でついた餅を食べて、今年の収穫を祝うものです。そうした習わしを受けて、京都の老舗料理屋では、唐墨(からすみ)や鮟肝(あんきも)、慈姑(くわい)を提供します。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第2回は、八坂神社近く高台寺の緑に包まれた清閑な地に店を構える『菊乃井本店』の花と京料理をご紹介します。

◆玄猪の行事を映し出した、霜月の八寸

『菊乃井本店』の霜月の献立の一例をご紹介いたします。

その中から、八寸(はっすん、会席料理において酒の肴になる料理を少量ずつ盛り合わせたもの)を取り上げ、ご紹介いたします。

古くから宮中では、紅白の水引で亥の子餅(いのこもち、亥の子の日に新穀で作る餅)と色づいた銀杏の葉を包み、無病息災を願って食す習わしがあります。その行事を料理に映し出したものです。

紅白の水引をかけ、中には秋の景色が広がります。

右側が水引がかけられた姿、左側は水引を開いた姿。

◆新しい手法で、日本古来の風味を生かす

八寸で使われている食材と調理方法について、三代目主人の村田吉弘(むらたよしひろ)さんにお話をお聞きしました。

「唐墨、鮟肝、慈姑、どれも11月にしか手に入らない食材ばかりです。

唐墨は年中百貨店などで販売されていますが、鯔子(ぼら)が獲れるのは7月頃です。塩漬けにして夏の間、日干しにします。初めて出荷されるのは10月の終わり頃になりますので、11月は生のまま切ってお出しいたします。12月は炙ったり、1月は粉にしたり、潰しものにしたりして、形を変えてご提供いたします。

菊の葉を模した器に入っているのは、鮟肝です。鮟肝は、フォアグラをポシェ(蒸し煮)するフランス料理の手法を取り入れて調理しています。胡椒を使う代わりに、柚子や生姜を入れています。一方、鴨肝松風は、鴨のフォアグラを日本流のやり方で松風にしました。

当店の一品一品には、常にオリジナル性を出したいと考えています。常に新しいことを行なわないと、伝統は守れません。かといって、例えば、おばあちゃんに“外国の料理を食べたみたいだ”と言わせてはいけないのです」

左から鴨肝松風、紅葉烏賊、唐墨。菊の葉を模した器には、粉噴き銀杏、慈姑煎餅。下には鮟肝、山葵菜漬け、占地(しめじ)、海老共焼き、松葉素麺がある。

『菊乃井』の料理は、一品ごとに「温故知新」を感じます。

◆美しくして浮華ならず、花は目立たずして飾るもの

お話をお聞きした『菊乃井 本店』最奥の「芙蓉(ふよう)の間」には、楚々とした花が生けられていました。毎日、女将が季節や献立、しつらい、お客様の利用目的を考えて生けていると言います。

「花を生ける時にはよく『野に在るように』と言いますが、主役は花ではありません。季節を象徴する花が2、3種類入っていればいいのです。当店では、大きな花器を用いて花を生けるということはいたしません。しつらいは重複することを嫌いますので、軸と重ならないように心がけます」と村田さん。

赤松の床柱にかけられた生け花。左から紅葉した残菊、紫の花を咲かせる杜鵑草(ほととぎす)、黄色い花を咲かせる泡黄金菊(あわこがねぎく)。花器は、信楽の作家・六代目上田直方(なおかた)さんのもの。

◆日本料理に必要なしつらいともてなし

「芙蓉の間」には、圧倒されるほどの両翼三間半(約6.4メートル)に及ぶ床の間があります。床の間に使われている板は、つなぎ目がひとつとしてない厚さ5センチメートルの栃の木。その空間にあって一際目を引くのは、赤い組紐によって吊り下げられた違い棚。組紐の中心にはステンレス鋼が忍ばせてあるといいます。軽やかな違い棚からは、匠の粋な感性が滲み出るようです。

軸は日本画家・山口蓬春(ほうしゅん)の作品。

壁にかけられた軸には、赤い実をつけた木の傍らに降り立った白い鷺一羽が描かれていました。そのしつらいを眺めながら、村田代表は語り始めました。

「京料理においては、季節に応じて、風土だったり、伝えたいメッセージが必要だと先代から教わってきました。そこには作り手側の文化性が求められます。料理屋は、3割は料理、3割はサービス、4割は空気の三位一体で構成されています。心の栄養と体の栄養を同時に提供しなくてはならないと教えられてきました。だからこそ、『しつらい』と『もてなし』が大切なのです。

ここでは、別の世界を感じていただきたいと思っています。日常の煩わしいことは忘れていただいて、この空間ともてなしを心ゆくまで楽しんでいただきたいですね」と村田さん。

三代目主人の村田吉弘さん。『菊乃井』主人としてだけでなく、2013年の「和食」のユネスコ無形文化遺産登録をはじめ、日本料理の地位向上と発展のために尽力している。

***

「本来、美術館にあるべきものが、さり気なく置いてある、それが料理屋です。

かといって、それについて講釈をしたり、難しい話を聞きながら食事をしても、美味しくはないでしょう。本来、日本料理というのは、文化的な知識がなくても美味しいものです。

しかしながら、文化・芸術の造詣を深めれば、より一層美味しく、楽しく召し上がっていただけると思います。そうしたところが日本料理の奥深さですね」と村田さんは話されました。

ユーモアを交えながら話す村田さんの語り口からは、あたたかく気さくな人柄が感じられました。それでいて発せられる言葉のひとつひとつからは、日本料理の哲学が滲み出ていました。

この秋、京料理は「登録無形文化財」として登録されることになりました。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始 
https://kikunoi.jp

撮影/梅田彩華
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2022年10月28日に行なったものです。

 

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