暮らしを豊かに、私らしく
玄関に飾られていた花は、名残の菊と新年を迎えるための花、水仙。花器は古田織部が作った生爪(なまづめ)をうつしたものを使用し、暮れゆく年の名残を惜しんでいる。

「師走」のそもそもの語源は、経(きょう)をあげるために師僧(しそう)が忙しく東西を走る様から来ているとされています(諸説あり)。時代は変われど12月は昔も今も忙しいもの、中でも大晦日は格別です。この日の光景を儒学者でもあり詩人でもある頼山陽(らいさんよう)が巧みに表現しているのでご紹介します。

細君 拮据して 鬢(びん)は蓬麻(ぶま)
婢(ひ)は辛盤(しんばん)を弁じ 僕は家を掃(はら)う
独り主翁(しゅおう)の一事無き有り
出でて邨路(とんろ)に従いて 梅花を覓(もと)む

現代語訳:家内は忙しく立ち働いて、手入れする暇もない頭はボサボサだ。下女は料理に忙しく、下男は家の掃除。ただ、主人の私だけがすることが何もない。通りへ出ていって梅の花でも買ってこようか

現代でしたら「主人ひとり、することが何もない」という状況は到底考えられないことですが、頼山陽が生きた江戸時代の大晦日の光景が、目に浮かぶようです。

双幅をなす右側の軸には、上記の漢詩が書かれている。左の軸は、頼山陽の印納め(過去使った印をすべて押したもの)。

師走、京都の老舗料理屋店では、昔と変わらず、「ぐじ蕪(かぶら)蒸し」を提供します。ぐじとは甘鯛のことです。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。今回は、第2回に続いて、八坂神社近く高台寺の緑に包まれた清閑な地に店を構える『菊乃井本店』の花と京料理をご紹介します。

◆京都の郷土料理、ぐじ蕪蒸し

『菊乃井本店』の師走の献立の中から、今回は蓋物(ふたもの)を取り上げます。代表的な冬の京野菜といえば、“聖護院かぶら”。その、聖護院かぶらで作られた「ぐじ蕪蒸し」をご紹介いたします。

海胆(うに)、木耳(きくらげ)、百合根(ゆりね)、三つ葉、銀杏、山葵(わさび)が入っている。器は三代目・澤村陶哉(さわむらとうさい)さんのもの。器の蓋には雪の結晶が描かれている。「雪の下は暖かい」と思わせてくれる一品。

この料理について、三代目主人の村田吉弘(むらたよしひろ)さんにお話をお聞きすると、面白い逸話もお聞きできました。

「『ぐじ蕪蒸し』は祖父の代でも、父の代でも12月になればご提供してまいりました。言うなれば、“偉大なるマンネリ”の料理ですね(笑)。それぞれの代によって作り方は違いますが、名前は一緒です。京都中の料理屋さんが、同じ名前で違うものを提供していると思いますよ。

祖父が切り盛りしていた時代、暖を取るのは火鉢のみでした。部屋の中でも気温は14、5度と寒かったので、コートを着込んだまま、お酒を飲んでいたそうです。当然のことながら、環境が変わってきていますから、ご提供させていただく料理も変わります。

京料理は、伝統料理ではありません。したがって、時代や食す人に合わせ、絶えず変化します。京料理は無形文化財になりましたが、この点が一番苦労した点でした。例えば、能であれば、演目も踊り方も衣装も決まっているから、その伝統を守ると言えます。しかし、京料理は、時代によってすべて変わっていくので、守るものはないのです。

『そうは言っても、料理の手法は受け継がれるのでは?』と疑問に思われる方も多いことでしょう。しかし、野菜ですら100年前のものとは違います。また、江戸時代であればフランス料理やイタリア料理を食べたことのある人はいなかったでしょう。しかし、今ではどの料理も食べたことのある人ばかりです。そうしたことを考えると、同じことを100年続けていても、喜ぶお客様はいないと私は思います」

◆祖父の蕪蒸し、父の蕪蒸し、私の蕪蒸し

“偉大なるマンネリ”とおっしゃる「ぐじ蕪蒸し」の料理は、いつ頃から京料理として作られるようになったのでしょうか?

「恐らく江戸時代からでしょう。蕪蒸しだけで勝負しているお店もあったほどです。京都ではこの料理を知らない人はいないでしょう。

祖父の時代は、下には焼いた鰻や鳥の漬け焼き、鰆など何種類も具材を入れて、それを蕪餅で蓋をして蒸し上げ、その上から濃い鼈甲(べっこう)のあんをかけて、山盛りの生姜を乗せて、提供しておりました。部屋の中が非常に寒ければ、この料理で体が温まるでしょう。しかし、いま同じものをご提供したら、あせもが出来てしまうかもしれません(笑)。

祖父の蕪蒸しも父の蕪蒸しも美味しいと思って食べてきましたが、いま私が作る蕪蒸しは、それらと比べるとスフレみたいに軽いものです。食べる人のことを考えると、その料理だけでお腹いっぱいになってしまうものは出せません。

ただ、戦時中は、料理屋の在り方も随分と違っていたのです。14時くらいにご来店され、お風呂に入り浴衣に着替えてから、宴会が始まるというスーパー銭湯のような使われ方をするところでした。

ちょうど私が小学校3年生の時、祖父が『お前の代まで大丈夫なように立派な風呂を造っといたるからな』と言って、大きな岩を運び込んで、風呂を作りました。しかし、時代は変わり、料理屋に風呂は必要なくなったので、祖父には申し訳なかったのですが大金をかけて潰しました(笑)」と村田さんは当時を思い出しながら、懐かしそうにお話しくださいました。

◆今年も一年無事に過ごせたことへの感謝を表す、紅白の寒椿

今回は、『菊乃井 本店』の2階の「大広間」にて、取材をさせていただきました。「大広間」には、紅白の寒椿が生けられていました。

「“今年も一年無事に過ごせた”ことを感謝し、紅白の寒椿を生けました。枝振りがいいので、花器は古信楽の詫びたものにしております。

掛け軸の前に飾られている燭(しょく)は、明の時代の象嵌(ぞうがん)です。燭台(しょくだい)の上には中国・宋の時代に青磁の名窯として知られた汝窯(じょよう)の青磁に似せた香炉を乗せています。これは、三代目・澤村陶哉さんに7年の歳月をかけて作ってもらいました」と村田さん。

この部屋には不似合いな感じさえする、床柱が印象的です。お聞きすると……

「これは一位(いちい)の木です。祖父が水に沈んでいた木を見つけて、床柱にしました。ゴツゴツとして厳ついですし、節を削って上品にしようかとも思ったのですが、結局はそのままにしております。それは、作った時代の良さをそのまま留めているからです」と村田さん。

一位の木でできた床柱(写真右)。

***

『菊乃井』では、残し守るべきものと、変化し続けているものがたおやかに調和していると感じました。

人間とは常に変化するものです。考え方、好み、食性、体の状態など、あらゆるものが微妙に変化していきます。それゆえに、料理はそれに合わせて、変化しているようです。

しかしながら、“しつらい”は、決してそうではありません。しつらいの一つ一つは作られた当時の文化、時代背景の影響を受けながら、当代きっての職人たちの技と選りすぐりの素材によって結集したもの。それらは幾つもの時代を経て、多くの人たちの手によって受け継がれ今に伝わっています。

時代の積み重ねによってにじみ出る品格と、人々の思いが『菊乃井』の空間の美しさを作っているように感じられました。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始 
https://kikunoi.jp

撮影/高見尊裕
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

※本取材は2022年11月30日に行なったものです。

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