如月は節分行事に始まり、立春を迎え、暦の上では春を迎えます。邪気や疫病、天災を祓い、福を呼び込む節分は、京都の社寺でも広く執り行われています。中でも、「吉田神社 節分祭」や「壬生寺 節分会」、「八坂神社 節分祭」などでは豆まきが行なわれ、多くの人で賑わいます。
同じく節分の日、聖護院円頓美町「須賀神社」では、珍しい光景に出会えます。烏帽子に水干姿、白布で顔を隠した懸想文(けそうぶみ)売りが懸想文を境内で売り歩くのです。江戸時代には、梅の枝に懸想文を巻いていたとか。梅の香りをまとった恋文とは、ロマンティックですね。古式に則った行事を体験できることも、京都の魅力の一つです。
【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。第10回は、京都・下鴨にある『茶寮宝泉』の花と京菓子をご紹介します。
今月は、「梅」と「未開紅(みかいこう)」です。二十四節気では立春を迎え、暦の上では春を迎えます。まだまだ寒い日が続きますが、如月の京菓子からは春の息吹が感じられるようです。
◆京菓子「未開紅」ができるまで
『茶寮宝泉』の京菓子「未開紅」が表すのは、硬い梅の蕾(つぼみ)が今まさにほころばんとしている姿。京菓子「未開紅」の材料と作り方について、店主の古田泰久さんに詳しいお話をお聞きしました。
「『未開紅』は、こなし製です。白餡(あん)に小麦粉や米粉を混ぜて、練って蒸し上げた生地を“こなし”と言います。
紅白に色付けした“こなし”の生地を貼り合わせて伸ばし、尺定規でサイズを計り正方形に包丁で切り分けます。包丁を真っ直ぐすとんと落とすように切り、餡を生地の中央に置き、包み合わせた時に、切り口の角がしっかり立つようにすることが美しく仕上げるポイントです。
黄色く染めたこなしを頂点につけたら完成です」
◆京都の「こなし」、関東の「練り切り」
上生菓子「未開紅」は、“こなし”と呼ばれる生地を用いて作られています。“こなし”とは、白こし餡に粉を入れて混ぜ、蒸しあげた生地のことです。一方、関東の上生菓子は“練り切り”を使用すると言います。それぞれどのような特徴があるのでしょうか? 店主にうかがいました。
「 “こなし”や“練り切り”はどちらも、粘り気のないこし餡を成形しやすくするために生まれたものです。“こなし”は先述したように白餡に小麦粉や米粉を混ぜたものです。練って粘りを出すことを「こなす」と表現していたことから、“こなし”と呼ばれるようになったと考えられています。
一方、“練り切り”は、白餡につくね芋や求肥(ぎゅうひ)を混ぜたものです。
どちらも四季折々の美しさを形作るための生地になりますが、表現の仕方が異なります。“練り切り”を用いた上生菓子は写実的な意匠が多く、“こなし”を用いた上生菓子は抽象的な意匠が多いです。
“練り切り”については門外漢ですが、“こなし”を用いる京菓子は、お茶を引き立てるものだと心得ています。餡はきめ細かく、しっとりとするよう炊き上げます。そうすることで、淡い口溶けを感じていただけるようにするのが、職人の腕の見せ所ですね」と店主。
上生菓子をいただく際に、“こなし”なのか“練り切り”なのかを意識してみるのも一興かもしれません。なお、“こなし”、“練り切り”ともに、特殊な餡で四季折々の風物を表現する技法が評価され、2022年に国の「登録無形文化財」となりました。
◆如月のおもてなしの花
床の間には、如月のおもてなしの花が生けられます。いつも『茶寮宝泉』の花を生けておられる古田由紀子さんに、今回の花の種類についてお聞きしました。
「今日のお花の中心は、梅です。梅は、『百花のさきがけ』と言われ、寒さをついて春一番に咲く花です。茶花においては、季節の花を代表します。取り合わせは、椿です。
北野天満宮では、毎年2月25日に梅花祭が行なわれます。以前、お祭り帰りのお客様がたくさんの梅の枝を持ってきてくださったこともありました。
梅の花は開くとともに清々しい香りをさせるので、五感で楽しんでいただけたら嬉しいですね」
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花が咲く前の蕾を美しいと思うのは、日本ならではの感性かもしれません。
梅は春を連れてくる「東風(こち)」を待って咲くことから、「風待草(かぜまちぐさ)」の異名を持ちます。「未開紅」を食しながら、春の到来を心待ちにしたいですね。
「茶寮宝泉」
住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
『茶寮宝泉』撮影/梅田彩華
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2023年1月17日に行なったものです。