人というものは、しばしば目に見えるものにとらわれがちです。しかし、目に見えないものが最終的な物事の価値を決める場合が決して少なくありません。
例えば、宿泊施設の評価を決めるのは、行き届いた心づかいや心のこもったおもてなしの占める割合が大きいように思われます。そのことをよく表しているのが、宿泊施設の評価サイトで見られる「料金の割にサービスが良くなかった」とか「料理は良かったけれど、接客がいまいちだった」という数多くの書き込みです。
行き届いた心づかいや心のこもったおもてなしを宿泊施設に求めるのであれば、歴史ある老舗旅館を利用すると期待を裏切られることが少ないのではないでしょうか。
【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第6回は、第3回に続き、京都の市街地の中心部、麩屋町通に面した地に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と宿をご紹介します。
ホテルとは異なる、「日本旅館」の趣と佇まいを季節ごとに感じてみてください。
◆師走の出迎えの花
師走に入ると、普段は落ち着きのある麩屋町通もどことなく慌ただしい感じがしてまいります。しかし、柊家の門をくぐると静かな佇まいの中に、白い小さな花弁の花と赤い花が生けられていました。
「師走は、ゆく年を惜しむ気持ちと新年を迎える嬉しさが入り混じる時期です。玄関のお花には、冬の景色を描写するように寒桜を選びました。冷え込む京都の街に、初雪がちらちらと舞い落ちる景色を寒桜から感じていただけるとうれしいです。
これから色々な種類の椿の花が咲く季節です。白い寒桜とは対照的な赤の藪椿と景色に深みを与えてくれる杜松を取り合わせて、お客様をお迎えさせていただきました」と『柊家』長女の西村 舞さんは語ります。
「師走の花の取り合わせには、侘び寂びが似合います。草花が消えゆくこの時期は、過ぎ去りゆくものと冬枯れの寒さの中でも凛と咲く生命の対比も表現できます。『枯れゆく渋い雰囲気を取り入れたい』とお花屋さんに相談したところ、山から藤の豆を探してきてくださいました。
白くて清楚なクリスマスローズを取り合わせています」と舞さん。
◆玉虫の翅細工が虹色に光を添える、51号室
今回、ご紹介いただく部屋は、平成18年(2006)に建て替えられた新館2階にある51号室です。
「新館は伝統を繋ぎながらも新しい意匠を取り入れた、しつらいにしております。また、お部屋に緑を配すために、迫り出したお庭を作りつけました。51号室のお風呂の前には枝垂れ桜を植えておりますので、春は桜を楽しんでいただけます。
床の間奥の天井はガラスにして、太陽の光が滝のように流れ落ちる意匠にいたしました。黒漆塗りの床板を水面に見立て、水面が煌めく様を玉虫の翅(はね)細工で表現しております。光の角度によって虹色に輝く様をお楽しみいただければ幸いです」と女将の西村明美さん。
玉虫の翅を使った意匠があるのは、この部屋のみ。この部屋のために作られた漆床と精巧に施した翅細工に職人の技術を感じました。
◆遊び心のある、クリスマスを思わせる生け花
床の間には、福田平八郎が手がけた柊家の屋号である柊の軸が掛けられていました。柊に合わせるように、宿木(やどりぎ)が生けられています。詳しいお話をお聞きしました。
「すっかり日本の年中行事としても定着したクリスマスを感じていただけるように、宿木を主にしました。ヨーロッパでは、常緑を保つ宿木を春の女神や光の精の象徴として室内に飾る風習があり、それがクリスマスと結びつき、現在に至るとも言われています。“宿木の下で恋人同士がキスをすると、永遠の愛で結ばれる”というロマンティックな逸話もありますね。
これから寒くなっていくので、雪を思わせる白い侘助(わびすけ)を合わせました。根元には、山羊歯(やましだ)を忍ばせて、宿木の影から奥行きを感じていただけるように遊び心を加えています。
文政元年(1818)からの趣を残す旧館と平成18年(2006)に建てられた新館では、花の生け方の変化を楽しむこともできます。旧館では伝統的な生け花が落ち着きますが、新館では伝統的な生け花はもちろんですが、洋花を取り入れたり、違う感性で花を生けることもあります。遊び心を加えた生け花を見て、楽しんでいただけたらと思います」と舞さん。
◆漆作家・山田楽全さんの「柊飾り筥」
「この柊飾り筥(ばこ)は、漆作家の山田楽全(らくぜん)さんに誂えていただいたものです。楽全さんとは先代から親しく、お客様がお着きになったときにお出しする菓子皿なども作っていただいております。他にも、館内にある骨董品に傷みが出てきた時には、楽全さんに蘇らせてもらっています。
しつらいとして長く使わせていただきたいので、飾り筥を作っていただきました。正面は柊のあしらい、上部は白蝶貝の螺鈿細工が施され、色々な角度から愛でることができます。
京都には昔から誂えの文化があります。そうした文化を背景として、職人の技術が磨かれ継承されてきました。柊家では美術品を身近に感じていただきたいと思い、館内には古くからご縁のある作家さんの作品を多く飾らせていただいております。
そのことで、お越しいただいたお客様に日本の伝統工芸品のよさを身近に感じていただき、ご縁を繋ぐ機会にもなればと思っております。時折、お客様からお尋ねがあった時には、作家さんのご案内もさせていただいております。
こうしたことで、京都の地で育まれた感性や技術を次の世代に繋ぐことも、微力ながら私どもの役割ではないかと思っております」と、女将の明美さん。
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ホテルと旅館の違いは、どこにあるのでしょうか。そう尋ねると、「ホテルは設備とプライベートな空間を重視したサービスを提供する施設であり、旅館は日本古来の季節のしつらいと心の通ったおもてなしを通じて、その土地の文化と暮らしが感じられるところではないでしょうか。
単に疲れを取る場所ではなく、京都の歴史と文化を楽しんでいただきたいと思っております。私どもでの一夜が大切な思い出に残る時間にしていただけたら、この上ない喜びです」と女将の西村さんはお話しくださいました。
目に見えるしつらいや装い、調度品の素晴らしさ以上に、女将の言葉からは目に見えぬお客様を大切にする深い思いが感じられました。
「柊家」
住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
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オンラインショップ
撮影/梅田彩華
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2022年12月7日に行ったものです。