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初冬の京都では「事始め」という習わしが行われます。「事始め」というと「仕事始め」を連想される方も多いかもしれませんが、それとは異なります。この日、花街の芸舞妓は、お茶屋の女将や芸事の師匠に挨拶回りをいたします。また、茶道・華道の家元なども事始めを執り行います。

そうした光景をテレビのニュースなどで、ご覧になったことがあるのではないでしょうか? これらは、事始めのしきたりの一例です。この「事始め」とは、お正月を迎える準備に取り掛かる日のことを指します。

事始めを境に師走本番となり、街の雰囲気は慌ただしくなっていきます。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第4回は、第1回に続き、京都・下鴨にある『茶寮宝泉』の花と京菓子をご紹介します。

取材日(11月22日)は、ちょうど庭の紅葉が色づき始めたところでした。京都市内でも京都御所並びに下鴨神社の紅葉は一番遅いと言われているので、ちょうど今週(12月5日の週)が見ごろです。

寒さが厳しくなる時期に心和ませてくれる花と、京都の冬の風物詩である「かぶら」を模した京菓子をご紹介します。まずは、師走の到来を告げる菓子「冬支度」をご紹介しましょう。

◆京菓子「冬支度」ができるまで

京菓子「冬支度」

『茶寮宝泉』の「冬支度」が表すのは、冬になると八百屋の店先に並ぶ“かぶら”です。千枚漬けで使われる、京野菜の「聖護院かぶら」は京都の冬の代名詞の一つだと言えるでしょう。その“かぶら”から、着想を得て作られた京菓子になります。

京菓子「冬支度」の材料と作り方について、店主の古田泰久さんに詳しいお話をお聞きしました。

「『冬支度』を作るために使用する材料は、つくね芋と上用粉と砂糖、そしてこし餡(あん)です。軸には、こなし(こし餡や小麦粉などを蒸した生地)を使います。

つくね芋をすりおろしたら、砂糖を合わせ寝かせておきます。その後、上用粉を混ぜて、生地を作ります。この生地でこし餡を包み、蒸籠(せいろう)で蒸し上げ、かぶらの青っぽさを筆で色付けたら、一文字(いちもんじ)で焼き目をつけます。

一文字で焼き目をつけているところ。

茎に見立てた“こなし”をつけて完成です」と古田さん。

◆「冬支度」を見て、京都人が思うこと

12月に入ると、京都の名産・京漬物のお店には、千枚漬けが並び始めます。時期を同じくして、京菓子のお店のショーケースにも「かぶら」を模した京菓子が見られるようになります。そうした光景から、京都に住む人たちは、「そろそろ、お正月の準備にとりかからんといかんなぁ」「それに、おせちの準備も……」と意識し始めるそうです。

季節の野菜やお菓子を見て、年末年始のことを連想するというのは、いかにも京都らしいですね。

◆「冬支度」で使われている、つくね芋の秘話

「冬支度」を一口食すと、生地と餡がしっとりと調和した滑らかな食感に驚かされます。その理由を店主におうかがいしました。「しっとりと感じていただけたのは、丹波地区で採れた“つくね芋”を使用しているためでしょう。つくね芋は、12月に収穫される、握りこぶし2つほどありそうな黒いゴツゴツした山の芋のことです。

つくね芋は、すりおろすと、強い粘りが出てきます。砂糖や上用粉を合わせて上用生地を作るのですが、この粘りがあるおかげで蒸した際にふっくらと膨らんだ上用饅頭になります(職人はこのことを『浮き』と言います)。

ただし、つくね芋も自然のものなので、水分量が多い芋や、粘りや灰汁の強い芋もあります。蒸しても割れず、最大まで浮いた生地を練るには、熟練の技術と経験が必要です。滑らかに弾力のある生地をこねられるようになって初めて、一人前だと言われます。和菓子屋にとって、上用饅頭は菓子作りの登竜門だと言えるかもしれません。

しなやかな生地は表面が瑞々しく、美しい。

蒸し上げて作る饅頭なので、“出来立ての熱いうちの方が美味しいのでは?”と尋ねられることがありますが、この菓子に限ってはそうではありません。熱が取れて落ち着くのを待つと、生地が柔らかくなり、餡とほどよく調和します。また、冷めても固くなりにくいのが、この饅頭の特徴です。

つくね芋は今が旬ですから、京菓子『冬支度』も冬のご馳走の一つと言えるかもしれませんね」と店主。

◆初冬のおもてなしの花

花器は備前焼の作家・藤原啓さんの「火襷」。

床の間には、初冬のおもてなしの花が生けられます。いつも『茶寮宝泉』の花を生けておられる古田由紀子さんに、今回の花の種類についてお聞きしました。

「今日のお花の中心は、寒桜です。晩秋から一月頃にかけて咲く桜で、春の桜よりも花弁がやや小ぶりです。枝振りが美しいので、曲線を生かすように生けました。

周りを彩るのは、寒くなると葉が赤くなる寒菊と、丸い葉が愛らしい白玉椿(しらたまつばき)です。寒菊の葉はボリュームがあるので、足元に持ってきました。白玉椿は、蕾を生かすように生けています」

花を生ける、古田由紀子さん。

寒桜を見たお客様からは、「この時期にも、桜は咲くのね」とよく驚かれるそうです。「冷たい空気の中、健気に咲く寒桜を見ると、凛とした強さを感じます。これから京都は寒さが厳しくなりますが、お客様の心に温かさが届いたら嬉しいですね」と由紀子さん。

***

床の間には、「笑」と書かれた掛け軸が飾られておりました。

「修行時代、師匠から、 “お酒を飲んで喧嘩をすることはあっても、お菓子を食べて喧嘩をすることはない。お菓子は人を笑顔にするものだから、そういう心得で作りなさい”と教えられてきました。そのことから考えると『笑』という一字は、菓子屋にぴったりの言葉です。

師走ですから、今年も一年無事に過ごせましたという感謝の意味も込めました」と店主の古田泰久さんは語ります。

師走を迎えた京都で、友人やご家族と甘いものをいただきながら、楽しく一年を振り返るのはいかがでしょうか。

掛け軸を見せてくださる、店主の古田泰久さん。

「茶寮宝泉」

住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com 
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto

『茶寮宝泉』撮影/梅田彩華
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2022年11月22日に行なったものです。

 

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