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晩秋、京都の寺社では、お火焚祭が行われます。お祭りの起源としては諸説ありますが、一説には秋の収穫感謝のお祭りだと言われています。このお祭りが終わると、京都の街は、いよいよ師走に向けて、どことなく慌ただしさが感じられるようになります。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第1回は、京都・下鴨にある『茶寮宝泉』の花と京菓子をご紹介します。

今月ご紹介する花と京菓子は、「紀伊上﨟杜鵑草(きいじょうろうほととぎす)」と「嵯峨野(さがの)」です。秋が深まると草花は実をつけ、花は少ない時期へと向かいます。呼応するように、京菓子では秋の花を演出します。

◆京菓子「嵯峨野」ができるまで

茶寮宝泉 晩秋
「嵯峨野」

『茶寮宝泉』の「嵯峨野」が表すのは、京都に秋を告げる花、野菊です。材料と作り方について、店主の古田泰久さんに詳しいお話をお聞きしました。

「『嵯峨野』に使用される材料は、餅粉と水と砂糖、そして餡(あん)のみです。

餅粉と砂糖を合わせた生地を蒸籠(せいろう)で蒸し上げます。この生地のことを、“外郎(ういろう)餅生地”と言います。ここで言う外郎餅生地は、皆様ご存知の名古屋名物“ういろう”とは、まったく別のものです。

『嵯峨野』では蒸し上げた外郎餅生地を平らに引き伸ばして、円形状に型抜きをいたします。その円形の生地で餡玉を指で折り囲んだ後、竹へらを用いて花びら1枚1枚を整え、完成します」と古田さん。

竹へらで押して、花弁を仕立てていく。

細かな花弁を模した「嵯峨野」は、どこか野菊の愛らしさを感じさせます。

◆「嵯峨野」の由緒と由来

生菓子「嵯峨野」の名称由来は、地域名からきています。現在では、嵯峨・嵐山とも呼ばれ、京都でも有数の観光地です。皆様も一度は訪れたことがあるのではないでしょうか?

平安時代以降、天皇や貴族たちは遊猟や遊楽のために嵯峨野を訪れ、嵯峨天皇の離宮嵯峨院(現、大覚寺)や藤原定家の山荘などが置かれました。『枕草子』では、「野は嵯峨野、さらなり」と書かれ、野遊びが好きだった貴族や女房たちにとって最上の場所であったことがわかります。

「京都の中でも嵯峨野は、とりわけ秋の風情が強く感じられる名所です。その地でひときわ可憐に咲く野菊に見立てたのが、当店の『嵯峨野』です。

嵯峨野に咲く、キク科のヒメジョオン。明治初年ころ北アメリカから渡来した帰化植物であるため、平安時代に見られた菊とは異なるが、雰囲気が伝わってくる。

同じ『嵯峨野』という名称でも、山に見立てて仕上げるお店もあれば、すすきに見立てて仕上げるお店もあります。お店ごとの個性豊かな『嵯峨野』を味わってみるのも、京菓子の楽しみ方の一つです」と店主は語ります。

◆「嵯峨野」で使われている小豆の秘話

「『嵯峨野』を召し上がって、何かお気づきになったことはありますか?」と店主に切り出されました。「外郎のしっとりとした口あたりと、こし餡の控えめでまろやかな甘さが口に広がりました」と伝えたところ、「それが、当店の小豆の特徴なんです」とにっこり。

「当店の起こりは、餡の商いです。ですから、餡には人一倍思い入れがあります。粒餡は丹波大納言小豆、こし餡は主に北海道産というように、餡の種類によって小豆の産地を変えております。

丹波大納言小豆の収穫時期には丹波氷上の生産地へ赴き、直接生産者からその年の作柄を尋ね、自分の目で確かめています。一方、目の細かさは北海道の小豆に勝るものはないと考えています。当店のこし餡は皮と実を分けて、実だけを炊いています。炊き上がった実を非常に細かい籐で漉します。

粒餡もこし餡も、素材本来の味を引き出すことができれば、自然と優しい味になるものです。

当店の生菓子は、どれもその日に作ったもののみをお出ししております。しかも、出来上がってから長い時間、寝かせることもいたしません。しっとり感を味わっていただけたとしたら、そのせいかもしれませんね。限られた量しか作れませんので、素材の持っている味を生かすことを第一に、ごく自然に仕上げています。

舌の肥えたお客様たちから、“洋菓子では味わえない、優しい甘さが印象的ですね”とおっしゃっていただいた時が、一番うれしいですね」と店主。

店主の古田泰久さん。『茶寮宝泉』の玄関前にて。

“味の深み”というものは、生産者のご苦労と、職人の経験と工夫から生み出されていることを悟りました。

◆晩秋のおもてなしの花

茶寮宝泉 晩秋
掛け軸に書かれている文字は、「別是一乾坤(べつにこれいちけんこん)」。“別天地”という意味があることから、「当店を訪れた方には、“ここには日常とはまったく違う世界があった”と感じていただきたいという思いを込めています」と店主。

床の間には、晩秋のおもてなしの花が生けられます。『茶寮宝泉』の花を生ける古田由紀子さんに、花の種類についてお聞きしました。

「お花の中心は、紀伊上﨟杜鵑草(きいじょうろうほととぎす)です。名前にある通り、紀伊半島に生育するユリ科の多年草で、秋らしい雰囲気を伝えてくれます。釣り鐘の形をした黄色い花を見事に咲かせます。岩壁に垂れ下がって生育するので、湾曲するのが特徴です。

周りを彩るのは、秋の実をつけた山査子(さんざし)、紫の花を咲かせる杜鵑草(ほととぎす)、小さく黄色い花を咲かせる泡黄金菊(あわこがねぎく)、そして、白い花を咲かせる曙草(あけぼのそう)です」

向かって右の花が、紀伊上﨟杜鵑草。

どのような思いでお花をいけているのかを、おうかがいすると、「床の間に生けたお花に視線を向けたとき、清澄な気持ちになっていただけるよう生けました。華道の師からは“野にあるように、自然に”と教えられています。そのことはいつも意識していますね」と由紀子さん。

茶寮宝泉 晩秋
『茶寮宝泉』の花を生けるのは、古田由紀子さん。

和の花は、現在希少だと言います。そんな花を愛でに、訪れるお客様もいらっしゃるとか。

「お花好きのお客様も多くいらしてくださり、名前を尋ねられることも、しばしばです。見事に咲かせた上﨟杜鵑草を“家で一人見るよりも、お店に来る人たちにも見てもらいたい”と、わざわざ持ってきてくださった、お客様もいらっしゃいました。山から三葉躑躅(みつばつつじ)を持ってきてくださった、滋賀県の方もいらっしゃいましたね」と由紀子さん。

『茶寮宝泉』には、床の間の他にも、玄関や洗面所などにも和花が飾られています。生け花に造詣の深い方をも感嘆させる細やかな心遣いがあります。

***

「人とは実に繊細な生き物。目に見える風景、雰囲気や匂いによって、食べ物の味は大きく変化をします。ですから、『茶寮宝泉』では、提供するお菓子の味を損なわぬ建屋としつらいの中で、おもてなしを提供しております」と店主の古田泰久さんは語ります。

これから紅葉が美しく色づいていく、秋の京都。今年は、全国旅行支援もあり、2年振りに賑やかな秋となりそうです。その最中にあっても、観光地から離れた場所にある『茶寮宝泉』なら、期待通りの風情ある時間が過ごせるのではないでしょうか。

「茶寮宝泉」

住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com 
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto

『茶寮宝泉』撮影/梅田彩華
構成/末原美裕・貝阿彌俊彦(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2022年10月12日に行なったものです。

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