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茶寮宝泉の皐月の庭。華やかな躑躅(つつじ)が咲く。

“和菓子”というと、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか? 一般的には、餡やきな粉、和三盆糖をはじめとした和の甘さ、楚々とした控えめな可愛らしい意匠、和の風情を感じさせる菓銘などを連想されるでしょう。

しかし、和菓子は「神饌(しんせん)」というもう一つの姿があります。神饌とは、神前に供える御膳のことです。今回は、和菓子の神秘性を感じさせる顔をご紹介しましょう。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。第19回は、京都・下鴨にある『茶寮宝泉』の花と京菓子です。

◆下鴨神社、賀茂祭の神饌

賀茂祭の神饌。
左上の朱塗りの高杯に盛られているのが、後献(こうこん)。
画像/下鴨神社提供

古来より日本人は、祭礼において人々の生活を支える天からの恵みを、感謝の気持ちを込めて神饌としてお供えしてきました。その中でも明治以前から調理法が継承され、“特殊神饌”と呼ばれるものがあります。代表的なものには、伊勢の神宮における神饌を始め、春日大社の春日祭、下鴨神社・上賀茂神社の賀茂祭(かものまつり)、石清水八幡宮の石清水祭などのものが挙げられます。

今回は、下鴨神社の「賀茂祭(別名・葵祭)」の神饌の御菓子を納める、「宝泉堂」の店主・古田泰久さんに詳しいお話をお聞きしました。

「5月15日(月)は、4年ぶりに賀茂祭の路頭の儀が行なわれます。賀茂祭を簡単に説明すると、今から約1400年前、飢餓疫病が蔓延した時に、欽明天皇が勅使を遣わされ、『賀茂の神』の祭礼を行なったことが起源の祭です。宮中の儀、路頭の儀、社頭の儀から成り立つ3つの儀を統合して賀茂祭と言います。

路頭の儀
画像/宝泉堂提供

平安貴族の装束を纏った総勢500余名と馬、牛車、輿(こし)などが約800メートルに及ぶ長い行列を作って都大路を賑わす路頭の儀は、賀茂祭のハイライトであり、ニュースや報道などでご覧になったことのある方も多いかもしれませんね。その行列が下鴨神社に到着すると、社頭の儀が始まります。その社頭の儀で、神饌が神前に納められます。

当店では、その神饌の中の後献の担当を2007年より仰せつかっております。後献は、洲濱(すはま)7個、粔籹(おこし)7個、吹上(ふきあげ)7個、搗栗(かちぐり)7個の御菓子4種から成ります。

洲濱
吹上

神饌についてはレシピなどがあるわけではなく、歴代の神職が受け継いできた記憶と絵図のみが手がかりでした。手探りの状態でしたので、4品ができるまでには10年の歳月がかかりましたね。

『茶寮宝泉』があるのは、下鴨神社の北に位置する『下鴨膳部(かしわべ)町』です。この『膳部』とは、明治時代まで宮中や神社などの食膳を調える社職のことでした。

その地で神饌に携わらせていただき、菓子屋を行なうということは歴史の重みを感じるとともに、次の時代へと繋いでいく責任を感じております」

路頭の儀の際、貴族たちは粽(ちまき)を装束に忍ばせていたとか。

◆双葉葵をかたどった「賀茂葵」ができるまで

賀茂葵

賀茂祭では古式ゆかしい装束とともに、双葉葵と桂の枝を身につけます。双葉葵は下鴨神社の神紋であり、清浄のしるしです。その葵の葉をかたどったお菓子について、古田さんにお話をうかがいました。

「このお菓子は、『賀茂葵』と言います。下鴨神社のご神紋である葵の文様を、神社のお許しを得て、最高級の丹波大納言小豆を用いて菓子にしました。

寒天と砂糖を炊き上げ煮詰めたものに、水飴を入れて粗熱を取ります。一方、丹波大納言小豆は糖度が65度になるまで、3日間かけて炊き上げます。粗熱を取った寒天の中に炊き上げた丹波大納言小豆を入れて羊羹状になったら、葵の型に入れて固めます。

熱風で乾燥させて表面の水分を飛ばしたら、すり蜜(お砂糖を炊いたもの)をつけて、もう一度乾燥させます。こうした工程を経て、のべ5日ほどで『賀茂葵』は出来上がります。

ハート形にも見える『賀茂葵』を一口頬張ると、丹波大納言小豆の上品な甘みが口全体に広がります。2週間ほど日持ちするので、京都の土産物としても喜ばれております」

◆皐月のおもてなしの植物

玄関には、双葉葵の鉢植えが飾られていました。

「下鴨神社の境内には、たくさんの双葉葵(別名・賀茂葵)が大切に育てられています。この鉢植えは、神社からお分けいただいた双葉葵です。

当店の庭にも植えているため、年中ご覧いただけるのですが、賀茂祭のある5月の間は、こうして飾らせていただき、賀茂祭を心待ちにします」

***

ところで、神にお供えする御菓子というのはどのような味がするのかと興味がわき、古田さんに聞いてみました。すると、「昔ながらの素材を使った古代的な御菓子ですので、印象に残るような華美な味ではございません。しかしながら、素材本来の持つやわらかな味がいたします。この味わいが和のお菓子のルーツですね」と微笑みながら教えてくれました。

京都を訪ね、和菓子を食する際には、見た目の美しさや可愛らしさだけでなく、神事との関わりや歴史やゆかりに想いを馳せると、味わいが一層深まるのではないでしょうか?

「茶寮宝泉」

住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto

撮影/西村美羽
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
協力/下鴨神社
※本取材は2023年4月24日に行なったものです。

 

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