世の中には“門外不出”や“一子相伝”などと言われるものがあります。そうした「極秘」を意味する言葉を聞きますと、人が立ち入ることを拒む厚い壁を感じます。しかしながら「極秘」であることが、人々の心に「こっそり覗き見たい」とか「暴いてみたい」という欲望が芽生え、さらに魅せられるのも事実です。
『茶寮 宝泉』にも、そうしたべールに包まれた銘菓“わらび餅”があります。これまで多くのメディアに取り上げられてきましたが、誕生の経緯やどのように作られるのかは語られてきませんでした。
そんな中、『花人日和』は半年以上の「京の花 歳時記」の取材をとおして、人気の「わらび餅」の誕生秘話や人気商品ならではの悩みをうかがうことができました。
【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。第25回は、『茶寮宝泉』の花と京菓子をご紹介します。
◆職人の素朴な疑問から生まれた、銘菓「わらび餅」
「毎年、春になるとわらび餅の生地に、こし餡を包んできな粉をかけた上生菓子を作っております。
私がまだ和菓子職人として駆け出しの頃、本わらび粉で作った“わらび餅”というのはなんて美味しいものだと衝撃を受けたのを覚えています。真っ黒なのに透き通るような見た目と、独特の粘りで歯を押し返すほどの弾力があるのにプツンと切れて、ツルンとしたのど越しに、野趣を感じるかすかな香りがなんとも清々しい……。
一般的にわらび餅といえば、本わらび粉が使用されていない白いわらび餅が主流の現在。本わらび粉で作った“わらび餅”の唯一無二の味わいをお客様にぜひ味わってほしいとの思いから研究開発しました」と和菓子職人の古田智史さん。
◆考えるように上手くはゆかぬ、菓子作り
私たちの知っている山菜の蕨(わらび)と“わらび餅”は、どのような関係があるのでしょうか? また、一般的な“わらび餅”との違いはどういうところなのでしょうか?
「当店の“わらび餅”で使用している本わらび粉は、蕨の根っこを原料とするものです。対して、一般的に知られている“わらび餅”の主原料は、芋や蓮根、タピオカなどから取れた澱粉(でんぷん)から作られていたり、その製法も異なります」
本当の蕨でできているから、“わらび餅”なんですね! それにしても、材料にそんな違いがあるとは、知りませんでした。
「そもそも根っこから抽出される本わらび粉は、少量です。さらに生産者も減ってきているため、ますます希少で高価なものになっています。
そうした事情から十分な量の確保が難しく、本物で良い材料を提供し続けてもらうというのは、非常に大変なことです。農作物である以上、天候や条件は毎年異なりますし、生産者の方の高齢化など様々な問題もあります。また、近年のわらび餅ブームで全国的に本わらび粉の供給が全く追い付いていないという現状もあります。それでもなんとか今年もわらび餅を提供できていることは、本当に感謝しかありません。
材料の確保以上に、もう1つ大きな問題があったんです。それは、本わらび粉の特性で時間とともに“だれて”食感が変わってしまうこと。本来のわらび餅の美味しさを味わっていただくためには、この食感が変わらぬうちに食べていただく必要があります。
長年の経験で掴んだノウハウなので、詳しい製法についてはお話できませんが、とにかく非常にデリケートなものです。例えば、本わらび粉の選定から始まり、炊き方もその日の気温や湿度でも変わりますし、火加減や火の当て方、練り上げ方など、熟練した製菓技術と経験が求められます。
当初は私しか作れませんでしたが、それではお客様のご注文に応えられませんので、職人たちに伝授していきました。現在は3名の職人で作っておりますが、“わらび餅”を作れるようになるには毎日練習しても概ね3年ほどかかるように思います」
そんな苦労があったとは、驚きますね。
「さまざまなメディアに取り上げられる機会が多くなって、たくさんのお客様にお越しいただけるようになりました。そのことで、“『茶寮 宝泉』といえば、わらび餅!”と称されるくらいの銘菓に育てていただきました。本当にありがたいことでございます。
こうして、わらび餅の本来の美味しさを知っていただける人が、少しずつ増えていることは、職人冥利に尽きますね(笑)。どこか、苦労が報われたような気持ちになっております」と古田智史さん。
◆文月のおもてなしの花
床の間には、文月のおもてなしの花が生けられます。『茶寮宝泉』の花を生けておられる古田由紀子さんに、今回の花の種類についてお伺いしました。
「手付籠に、主格の河原撫子と半夏生を収め、線の糸芒(いとすすき)を散らし、動きをつけました。
円錐状のピンク色の花を咲かせる穂咲下野(ほざきしもつけ)と多数の白色五弁花を下から咲き上げる岡虎尾(おかとらのお)を取り合わせています。
河原撫子は、多種で入れても調和しやすいので、この季節、非常に重宝します。また、籠にも似合いますね」と由紀子さん。
***
職人さんの苦心や熱意のこもったお話を聞いた後に食す“わらび餅”は、一味も二味も違ったものでより一層美味しく感じられました。これから先、“わらび餅”が店頭で売られるような季節になりましたら、きっと『茶寮宝泉』で味わった本当の“わらび餅”の味を思い出すことでしょう。機会がありましたら、是非召し上がってはいかがでしょうか?
「茶寮宝泉」
住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
『茶寮宝泉』撮影/西村美羽
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2023年6月23日に行なったものです。