水引を用いて、日本文化や四季を表現する水引作家の田中杏奈さん。毎月、季節を彩る美しい水引作品をご紹介するとともに、日本文化や習わし、それらが古より引き継がれてきた背景にある日本人の心について想いを語っていただきます。記事の最後には、水引にまつわる豆知識も掲載しているので、これを機に水引の制作に親しんでいただけたら嬉しいです。
【日々を紡ぐ、季節の水引】
第8回 本年を納め、新しい年を迎える師走に飾る縁起もの
文・写真 田中杏奈
年の終わりへの足音が聞こえ始める「立冬」を迎えてからの2か月は、あれよあれよと驚くべき早さで時が過ぎ、気がつけば大晦日と言うのが毎年の事。2023年もあと1か月と少しとなってしまいました。年の瀬に向かうこの季節は、水引文化に関わる私にとっては最も多忙な時期であり、個人的にも一年で最も気持ちが高揚する大好きな季節。
空気が澄んで遠くまで見渡せて、これでもかと影が深く遠く伸びる。薄く白い日脚が美しくて、刻々と変わっていく光の落ち場所をずっと眺めていたくなる。頬を撫でゆく冷たく乾いた混じり気のない風と、キリッと引き締まった空気に、厳かさを感じて自然と背筋が伸びる。そして年の瀬に向かう毎に、意識は自分の心の内へ向かい、自分の思想に深く誠実に向き合おうと思わせてくれる、そんな季節。本連載も残すところ、あと2回。11月、12月は、年迎えの準備や大晦日の習わしに触れながら、年末年始やハレの日に合わせた水引をご紹介していきます。
大晦日の習わし
11月から年末にかけては、古くからの歴史をもつ伝統的な行事や祭りがひっきりなしに行われ、街も人も全部が気忙しく、年納め、年迎えの準備に入っていきます。商売繁盛の願いを熊手に託す「酉の市」は11月9日、その年の収穫が無事終わったことを祝う収穫祭「とおかんや」は11月22日(旧暦10月10日)、五穀豊穣の神に感謝する宮中行事「新嘗祭」は11月23日、430年以上の歴史があり700店以上の出店がある「世田谷ボロ市」は12月15日、浅草寺の歳の市である「羽子板市」は12月17日。全国各地で歳の市やその土地土地で伝承された行事が行われます。大賑わいの年の暮れ、息を白くする冷気の中分厚いコートを着込んでたくさんの人が行事に訪れる情景は、幼い頃の故郷の記憶と気持ちが重なり、私にとってとても印象深い場面の一つです。
水引で、四季の巡りや歳時や行事を辿り、日本文化の深い部分に触れるようになってから、それぞれの地域で根付いてきた事や、古くから受け継がれてきたものに興味を持つようになりました。ただ、その土地独自で伝え繋いできた風習や、昔ながらの独自の文化や思想は、過疎化が進み継ぐ人がいなくなるとともに失われていってしまいます。そして私の故郷の集落も、その例に漏れず過疎化の一途を辿っている状況。今のうちに故郷の事を知っておきたいと考え、昨年の大晦日は、帰省し丸一日母について回ってみました。
大晦日の昼過ぎ頃、母が、山の上にある地区の小さな氏神神社(地区の人たちはみな宮さんと呼ぶ)へ「米打ち(よねうち)」に行くと言うので付いて行きました。道中、同じように神社へ向かう人や、もう終えた 人など、数年ぶりや幼い頃以来数十年ぶりに会う地域の人に、年末の挨拶をしながら、宮への長い石段を登ります。石段を登り切った宮さんの入り口で、「米(よね)は内、鬼は外」と言いながら米を撒きました。「節分みたいやね、でも、この地域ではずっとこんな風にしてる」と母が教えてくれました。宮さんの中には、榊が立てかけられ、その根元には、お米と紅白なますが祀られていました。この祀る米のことを、ここでは「おばなし」と言い、淡路島南部の一部地域だけで聞く言葉だそう。ただ、集落の誰に聞いても、そう呼ぶ理由は分かりませんでした。この時撒いた米の残りを、鏡餅の三宝に入れ、その後1月15日の小正月にお粥にして食べるそう。
宮さんから帰ってくると、家の中の全ての神棚にも、小さな榊をお神酒にさして御灯明を灯しました。御灯明は大晦日の夜と、元旦の朝と夜、二日の夜、三日の夜に火を灯します。ちなみに、5月には菖蒲を、4月には桃を、9月には菊を、お神酒にさして祀るそう。昔は、「やくざし」という竹箸にさいた鰯を刺したものを、窓際など家の周りに刺したり、「幸木(さいわいぎ)」という横に吊り下げた木にブリや鴨・大根・人参・昆布など三が日の食材をかけ吊った正月飾りや、家の天井から吊り下げた桶のような樽「おとっさん(他の地域では「年桶」と呼ぶ習わし)」の中に楕円のお餅(男餅)を入れ、樽周りにおしめ(しめ飾り)と書き初めを吊り下げる風習があったりと、今はもう行われていない事を祖父がたくさん話してくれました。
そんな祖父に、なぜそんな行事があるのかと理由を聞いてみると、半分は教えてくれたけれど、もう半分は「そうである理由は分からない」と。でも、「何代も前からずっとそうしてきたし、全部が次の年が良い年になるように、願いと祈りを込めて続けられてきた事ばっかりやと思うよ」と話してくれました。頭でっかちに、そうである理由や謂れを全て語ることよりも、その行為に想いや祈りを乗せて継いでいく、その願い自体が芯であり、毎年継いでいく始点になるのだなと、改めて感じた祖父の言葉でした。
しめ飾り
家の門に飾る門松やしめ飾りには、歳神様がその場所を見つけやすい様にする目印の意味や、神様の依り代の意味があります。また、その場所が神様をお迎えする準備が整った清い神聖な場所であることを示し、邪気が入ってこないようにする結界の役割があります。
今月の水引作品は、全て水引で作ったしめ飾り。細く繊細で特殊な水引を約350本使用し撚り合わせたしめ飾りに、「ねじり松」という技法を使った、水引細工の代表的なモチーフである松の細工を合わせました。常緑樹の松は長寿や生命力の象徴とされ、その青々とした変わらぬ緑は歳神様を迎える目印には欠かせないものです。
私の実家も今は玄関先にだけ飾っていますが、10年程前までは長いおしめ(しめ飾り)にウラジロをつけたものを、玄関・車・神棚・台所等、あらゆる入り口につけて正月支度をしていたとのこと。12月13日以降(現代では12月26日以降の場合が多い)、飾り始めますが、12月29日は「二重に苦しい」、12月31日は「一夜飾り」とされて、嫌われるので、その日を避けて12月30日までに飾り始めるのが良いとされています。その後「松の内」である1月7日まで飾り、その日の内に取り外します。外した飾りは1月14日の火祭り、「どんど焼き」でお焚き上げします。どんど焼きは、1年の厄災をこの日に焚いて祓っておく意味や、神様を迎えた松を焚くことで、神送りの意味もありました。
しめ飾りや正月の飾りに飾られるものは全て縁起もので、それぞれに意味があります。例えばウラジロは、葉の裏が白いことから、清廉潔白であることや、白髪になるまで長生きできるように、という願いが込められていたり、橙には代々子孫が反映するように、という意味があります。また、魚鳥を神棚に祀ったり、幸木に吊るすのは、神様に生き物を供え命を捧げる事が最も価値があることだった、という古くからの礼法や考えによるものです。
小雪と大雪の水引選び
今や水引には数百種類の色があり、毎シーズン、各社から新色がリリースされています。どの色も、基本は各 WEB SHOPで購入できますが、水引を始める方がまず悩むのは、膨大にある色の中から、どの色を選び購入するのか。今回はその中から、それぞれの季節に合う色合わせを選んでみました。
小雪(11/22頃~)の色選び
山眠る頃、雪が降り始めるとされる小雪。朝晩の冷え込みが本格的な冬の訪れを知らせ、陽射しが弱まり色が消えてゆく季節をイメージした冬らしいアソート。
・花水引 墨色
・花水引 藍墨
・プラチナ水引 ピュアホワイト
・絹巻水引 白
大雪(12/7頃~)の色選び
雪が降りしんと静まり返った静寂や、寒さ深まる夜半の冬をイメージしたアソート。金沢の雪吊作業が行われるのもこの頃。
・プラチナ水引 アクア
・プラチナ水引 ピュアホワイト
・錦水引 白銀
・絹巻水引 白
巡る四季の色や、古くからの営みに想いを馳せながら、豊かな結びのひと時を愉しまれてくださいね。
■しめ飾りの撚り合わせ方、ねじり松の掲載がある書籍
『衣食住を彩る水引レシピ』田中杏奈著
https://mizuhikihare.theshop.jp/items/54780057
■水引の購入先
そうきち
https://www.mizuhiki1.com/「プラチナ水引」「絹巻水引」「錦水引」
さんおいけ
http://www.sun-oike.co.jp/「花水引」
田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/
田中杏奈さんのインタビュー記事はこちら https://serai.jp/kajin/1116135