水引を用いて、日本文化や四季を表現する水引作家の田中杏奈さん。毎月、季節を彩る美しい水引作品をご紹介するとともに、日本文化や習わし、それらが古より引き継がれてきた背景にある日本人の心について想いを語っていただきます。記事の最後には、水引にまつわる豆知識も掲載しているので、これを機に水引の制作に親しんでいただけたら嬉しいです。
【日々を紡ぐ、季節の水引】
第4回 夏の夜空に大輪を咲かせる打上花火
文・写真 田中杏奈
灼けるような夏の盛り、大暑を迎える頃。暑中見舞いを出すのも今の時期、小暑(7/7)~立秋の前日(8/6)頃に送るのが慣例です。 今のような形で夏の挨拶状を送るようになったのは、大正時代とのこと。 現代は、その瞬間に、電話・メール・LINE等でとても気軽に簡単にコミュニケー ションが取れますが、当然昔はそうもいきません。郵便制度が整ったのは明治時代で、江戸時代には飛脚を使い、さらに古く戦国時代には脚自慢の武士を使者にして文を運びました。きっとその時代の文は、今とは比べ物にならないほど重要なものであったはず。一文字入魂、一単語づつ丁寧に選び並べ、貴重であった紙に文を書く。一発勝負や本番に弱い私は、絶対書き損じてしまう自信があります……。
簡単に連絡が取れず、次いつ会えるかわからない、この機会が最後かもしれない。そう言うことが常だった時代に、一通の文や一会は、とても大切なものだったのでしょう。
夏の風物詩
暑中見舞いをはじめ、夏と聞くと、パッと思い浮かぶ風物詩はとても日本らしく、ノスタルジーを感じるものばかりな気がします。浴衣、団扇、風鈴、打ち水、かき氷、素麺、虫とり、蚊取り線香、金魚、蝉、スイカ、麦茶、麦わら帽子、簾、海水浴、夏祭り、夏休み、盆踊り、花火、夕涼み、ラジオ体操等、暑い夏を乗り切るため、よく考えられた代物たちです。
誰にとっても、夏は、印象的で思い出深い季節なのかもしれません。私が真っ先に思い出すのは、生まれ故郷の小さな盆踊りと、太鼓に合わせて盆踊り唄を歌う渋くしゃがれたおっちゃんの声。夏の宵、遠く聞こえ始める太鼓の音に、はやる気持ちで、「早く浴衣を着せて」と母にせがむ自分の姿と、初めて浴衣を着た時の帯の息苦しさ、キツく結んだ帯が走り回るうちに緩んでいく感覚。ご近所さんの誰かしらが、「はだけとるよー直したる」、と道端で着崩れを直してくれる。漂う蚊取り線香と虫除けスプレーの香り、ビー玉が入ったラムネと小さなアイスクリンと線香花火。
活気に溢れ、ひっきりなしに心躍るイベントがやってくる、賑やかで忙しい季節。皆さんの夏の思い出はなんですか?
打上花火と線香花火
夏の風物詩の主役は、打上花火、という方も多いのではないでしょうか。夜空に突如浮かぶ大輪は、この世のものとは思えない美しさがあります。夏祭りに出かけ、屋台を回り、混雑する土手になんとか場所を見つけ、腰かけ見上げた打上花火。期待感を煽られる「笛」の音と、直接胸に届いて全身に響き渡っていくような衝撃音、漂う火薬の匂いは、誰もが想像できるはずです。一瞬のうちに散り消えてゆく花火は、舞い落ちるソメイヨシノの花びらや、蝉や蜻蛉(カゲロウ)の一生のように、なんとも儚いもの。最後の一発が尽きた後、追い討ちをかけるように店仕舞いをする屋台と、熱気が残る祭りの後の帰り道は、まるで夢から覚めたように寂しくて、名残惜しくて、どうしようもなく切ない気持ちになります。 二十四節気を辿った作品を掲載した拙著にも、大暑の項で以下のように花火について書かせていただきました。
「1年でもっとも暑さが厳しい季節。この時期になると各地で夏祭りが開催されます。日本三大祭りの一つである大阪の天神祭、東北では青森ねぶた祭りや竿燈祭りが賑わいをみせ、全国で夜の空を彩る花火が打ち上げられます。― 田中杏奈著 『水引で結ぶ二十四節気の飾り』(日東書院本社 43頁)」
そんな華やかで大きな打上花火とは対照的な魅力を持つのは、小さく繊細で奥ゆかしい線香花火。子どもの頃も大人になった今も、家族や仲間たちと楽しんだ手持ち花火の締めは必ず、皆でしゃがんで肩を寄せ合い静かに眺める線香花火でした。点火直後の小さな玉は、豊かな火花へ変化した後、次第に散り萎み、火の玉が落ちて終わる、その一連の様には、「蕾」→「牡丹」→「松葉」→「散り菊」とそれぞれ味わい深い名前が付けられています。
一瞬で過ぎてゆく火花の変化を、儚く咲き散りゆく花や植物、命の物語に例えた感性は、自然を愛おしみ、四季の巡りとともに暮らしてきた日本人ならではのモノだと感じます。そして、可愛らしくパチパチと爆ぜる小さな音は、いつ何度聞いても心地よく、心を穏やかにしてくれる懐かしい日本の音です。
菊芯とワイヤーワークで結ぶ水引花火
今回の水引細工は、ワイヤーワークを主役にした作りになっています。中央の大きな花火は、短く切った水引を規則的に、放射状に並べたもの。中央は、「菊芯」という名前がついたワイヤーの細工方法で作ったパーツと、玉結びです。左上・右下の小さな花火は、少し動きをつけるために、1本あるいは2本をワイヤーの技法で繋げて円状にし、それぞれの大きさに合わせた菊芯パーツを重ねて、同じく玉結びを中央に乗せています。
夜空を思わせる漆黒の背景に映えるようにと、キラキラとしたフィルムの煌めきが印象的なプラチナ水引のピンクと、ツルッ・ピカッとした箔が眩しい純銀水引のアクアとピーチを選んでいます。どちらも光の当たり方で、多彩な表情を見せてくれる美しい素材です。純銀水引は、金系銀系の色が豊富ですが、他にもミント・オリーブ・モルト等のカラフルな色もあります。どれで作っても花火らしい鮮やかさが表現できると思います。
大暑と立秋の水引選び
今や水引には数百種類の色があり、毎シーズン、各社から新色がリリースされています。どの色も、基本は各WEB SHOPで購入できますが、水引を始める方がまず悩むのは、膨大にある色の中から、どの色を選び購入するのか。今回はその中から、それぞれの季節に合う色合わせを選んでみました。
大暑(7/22~)の色選び
最も暑い季節。ビビットでカラフル、水々しくフレッシュな夏らしさにこだわった、シャーベットカラー。
·絹巻水引 白
·花水引 金糸雀色
·花水引 珊瑚
·花水引 翡翠
立秋(8/7~)の色選び
早いもので暦上は秋の入り口、残暑へと向かいます。秋めいてゆく日々や、秋の夕暮れ、シックに移り変わっていく木々の色をイメージしたアソート。
·絹巻水引 金茶
·絹巻水引 ベージュ
·花水引 鶯色
·プラチナ水引 ブロンズ
巡る四季の色や、古くからの営みに想いを馳せながら、豊かな結びのひと時を愉しまれてくださいね。
■記事に出てきた書籍
『水引で結ぶ二十四節気の飾り』 田中杏奈著
https://mizuhikihare.theshop.jp/items/34739779
■菊芯の作り方 掲載がある書籍
『衣食住を彩る水引レシピ』 田中杏奈著
https://mizuhikihare.theshop.jp/items/54780057
■水引の購入先
そうきち https://www.mizuhiki1.com/ 「絹巻水引」「花水引」「プラチナ水引」「純銀水引」
さんおいけ http://www.sun-oike.co.jp/ 「花水引 鶯色」のみこちら
田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/
田中杏奈さんのインタビュー記事はこちら https://serai.jp/kajin/1116135