結婚式のご祝儀袋で知られる「水引」。水引のはじまりは、飛鳥時代に遣隋使・小野妹子が帰途の安全を祈願して、隋から持ち帰った献上品に紅白の麻ひもを結んだことに由来するという説があります。以降、数百年以上の時間をかけ、独自の進化を続けてきました。「水引は、大きく礼儀作法としての結びの文化と、工芸品としての細工物に分けられます」とは、水引作家・田中杏奈さん。田中さんは、1本90cmの水引を結び、日本の伝統文化を水引で表現しています。花人日和では、4月から田中さんが日本文化への思いと季節を彩る水引を紹介する連載がスタート。今回は連載を前に、田中さんのインタビュー記事を前編・後編の2回にわけてお届けします。田中さんが作品で表現するのは、移り行く季節、ささやかな願い、言葉にできない思い。人と人を結ぶ、水引の魅力を伺いました。
素材は紙、「結び」に心を込める
――田中さんの作品には、ひな祭り、端午の節句など日本の年中行事や、日々のテーブルコーディネートなど、さまざまなシーンに寄り添うものが多いです。日常生活の中に、水引の作品があるだけで、心が凛と引き締まることを感じます。
水引は儀式や神事、魔除けなどにも使われてきました。素材は紙で、やり直すほど摩耗してしまいます。
そもそも、贈り物が未開封であることを証明する役割がありました。紙の紐なので、結び直すと跡がついてしまうんですね。実にアナログですが、万全のセキュリティ(笑)。それゆえに、武家同士のやり取りにも使われるようになったのです。やがてそれは発展し、単に物を贈るのではなく、そこに心を込め、それを可視化する表現方法のひとつになりました。結び方にも意味があり、その結び目に気持ちを込めているのです。
水引には「折形」という品物を包む紙も関わっています。私は今、これも勉強しているのですが、紙の種類や折り方一つ一つに意味があり、とても面白いです。
――心を入れて、折り、包み、結ぶ。礼儀作法としての水引にはさまざまな意味があるのですね。
はい。ですから、贈答品用の水引はもちろん、水引細工の作品を作るときも、背筋を伸ばし、心を落ち着けて向き合っています。
1本90cmのまっすぐな水引は、どの色を選び、どう結ぶかは一期一会の勝負のようなところがあります。このときに、脳裏に浮かぶのは、行事毎に、神棚に手を合わせていた祖父や両親の姿。兵庫県淡路島にある、故郷の村では、氏神様を大切にする文化が受け継がれてきました。祖父母も両親も、古からのしきたりに倣い、神社にお米やお神酒をお供えし、手を合わせていたのです。その姿は、目の前は海、背後は山という、自然への感謝と畏怖、そして畏敬の念が培われてきたことの現れなのでしょう。誰も言葉を発さなくても伝わる心、受け継がれる思いが、日本文化の特徴なのかもしれません。
水引が担うのは、洗練された様式美も含めた「消えゆく日本文化」の継承
――いつから日本文化に興味を持ったのですか?
物心ついたころから、そうでした。築100年以上の日本家屋で幼少期を暮らし、しきたりや神事、習わしが多かったことも影響しているかもしれません。
古から受け継がれてきた文化や様式の中で暮らしていると、幼い私も、その暮らし方に親しみを覚えるようになります。ただ、故郷の文化や暮らしをもっと知ってみようと思えたのは、故郷を離れ大人になってからでした。子どもが生まれてからは、都会での暮らしも、故郷での暮らしも、どちらも知ってほしい思いで、できる限り帰省し、大きな自然に触れてもらえるようにしています。
そこで気づいたことは、日本文化には「型」があること。「これが決まりだ」という不変の様式を続けることで、気づくことが多くあります。この「型」を守ることが文化なのですが、その継承者が減り、消えていくことをさみしく思い続けています。
そんな私も、10代後半から20代は進学や就職などで日々のタスクに追われていました。怒濤のような生活が中断したのは育休中。「何か趣味を探そう」と、大きな文房具屋にふらりと入り、水引を見かけました。軽い気持ちで購入し、解説書を見ながら作り始めたら、のめり込み、今に至ります。
家庭の祝い事、行事の節目……古から受け継がれた日本文化から生まれる作品
――水引を始めてから、田中さんはインスタグラムで作品を発表。水引との出会いから6年を迎え、この間に最新刊『衣食住を彩る水引レシピ』(グラフィック社)を含め、4冊の著書を出版。さらに、オンラインや対面で水引結び教室「晴れ」を主宰するなど、多角的に活動しています。田中さんの作品を拝見すると、日常のささやかな願いや季節の移ろいなどを表現しており、私達の心にじわりとしみてきます。
「みんなが知っていること、親しんでいること」が日本文化の特徴だと感じています。昔から変わらぬ季節行事などのように、斬新さよりも、みんなが一致団結して「私とあなたは同じです」という感覚の中で生まれるものを大切にしているからかもしれません。
私が水引を始めてから最初の挑戦が、現在6歳になる長男が生後100日のときのお食い初めの「祝い膳」の飾りを自分で作ったこと。縁起物である鯛には、お腹や尾ひれに水引を飾ります。そのほかにもお箸などの飾りを作っていきました。
一つ一つの料理は全て縁起をかついでいて、すべてに意味がある。「お食い初めはこう決まっている」というしきたりに、心が魅かれました。家庭の祝い事、行事の節目など、時代は変わっても、日本全国には「変わらないこと」が数多く受け継がれています。そういった変わらぬものをシーンに合わせ、水引で表現していきたいと思っています。
【後編では、作品制作のインスピレーションの源やコツをお話しいただきます】
田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/
取材・文/前川亜紀 撮影/黒石あみ(小学館)