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焼魚 笹鰈(朝食の一例)

9月9日は「重陽の節句」。菊の花びらを浮かべたお酒と秋の味覚を楽しみながら、邪気払いと不老長寿を祝うのが習わしです。移ろう四季を楽しむ行事として定着した五節句は、季節と密接な関係にあります。

しかし、最近では四季を感じるのが難しくなっています。また、気候変動の影響もあるのか、旬の食材が手に入りにくいという側面もあります。そうした中、歴史深い京都の老舗旅館では、どのように季節や自然を取り入れているのでしょうか? 老舗旅館『柊家』女将の西村明美さんにお尋ねしました。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第32回は、京都の市街地の中心部に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と宿をご紹介します。

長月の出迎えの花

『柊家』の門をくぐって石畳の玄関に入ると、白い花穂が爽やかなサラシナショウマ(晒菜升麻)が出迎えてくれました。赤いミズヒキ(水引)やキンミズヒキ(金水引)とともに、たおやかに佇む姿が、季節の移ろいを感じさせてくれます。

「サラシナショウマは、涼しい山地で出会える山野草です。京都の町中で自生のものに出会えることは、ほぼありません。このサラシナショウマは、花弁が非常に繊細でとても甘い香りを放ちます。こうして、たおやかな姿を贅沢にお客様に楽しんでいただけるのも、お花屋さんが野山に足を運んでくださるおかげです。お花を慈しまれる心がまさに『ごちそう』だといつもありがたく思っています。

お客様に、自然の花の美しさをお届けできて、うれしいですね」と、『柊家』長女の西村 舞さん。

待合に飾られていた見事な菊は重陽の節句に合わせ、用意されたもの。菊が生けられている花器の横には虫かごが飾られ、鈴虫の鳴き声が軽やかに響きます。

「9月は菊の季節の始まりと言われますが、毎年新暦のこの時期は残暑が厳しく、なかなか秋を感じられません。だからこそ、館内の花や植物から、秋の一光景を楽しんでいただきたいとの思いで設えています。和花は、風情が残る京都の町並みや建物にほどよく調和してくれます。

その季節の自然の風情を楽しんでいただけるように生けるので、中には虫食いの葉っぱもあります。その姿も味わいがあり、人間には創り出せない芸術だといつも感じます。花に限らず、最近は人の手が入り、綺麗に整えられたものが増えました。それはそれで素晴らしいことですが、綺麗すぎると自然から切り離されていくようにも感じます。外に出ると太陽の光や風を感じますが、花も同じ。虫食いの跡があるのも、本来の自然の営みの姿、自然の芸術と心ひかれます。

ただ、全てそのままですと、人が過ごす生活空間にはなじみにくいので、自然の美を感じていただくには、花たちが空間になじむよう少しだけ手を入れる必要もあります。そのままの自然ではなく、作為的でもない。そのバランスを自然から学びながら、花を生けることを意識しています」と舞さんは語ります。

北山杉と越前和紙が醸し出す、曲線美の空間

今回ご紹介いただく部屋は、新館にある54号室です。

壁や天井を包む越後の手すき門出和紙が醸し出す柔らかな質感と、天井や欄間に用いられている曲線が、部屋全体を柔らかく包み、温かな空間に仕上げています。ベッドも染めの柊模様の掛け布団を使い、この部屋の雰囲気と見事に調和していました。

天井の曲線が美しい。

「この部屋は、昔は床柱の主役で川端康成先生の『古都』にも書かれている北山杉を四方の柱に使い、表面に自然にできたしぼの凹凸の違う景色を楽しんでいただく空間作りにしています。和紙もそうですが、当館を利用していただくことで、日本はもちろん、京都という地域に伝わる文化や伝統に触れていただきたいと思っています」と女将。

右が出しぼの北山杉の柱。襖には柊の紋様が光る。

ベッド横の飾り棚に生けられていたのは、ススキ(薄・芒)、ワレモコウ(吾亦紅)、タムラソウ(田村草)、シラヤマギク(白山菊)、アブラドウダンツツジ(油灯台躑躅)。涼し気な花器と秋の草花からは、気づかぬうちに移りゆく季節の端境期(はざかいき)を感じることができます。

「こちらのお花も、山から大切に運んできていただいたものです。京都を訪れていただいたお客様に、心からホッとしていただきたいとの思いがあります。そのためには、四季を感じていただいたり、野山の居心地に思いを馳せていただいたりするのが良いのではと思い、京都の町中では出会えない、離れた山里の花をとり合わせています。自然や生き物が人に与えてくれる力は大きいですね」と舞さんは微笑みます。

料理と器の調和が美しい京懐石

柊家旅館では、地元食材を中心にした京懐石を堪能することができます。伝統と季節の移ろいを大切にしながらも、新しいことを取り入れた京懐石は、心と身体に優しい味。出汁の香り高さや、薄味でありながらもしっかり感じるおいしさに、思わず顔がほころびます。

この日の食事の飾り(夕食)には、さといもの葉が使われていました。秋を感じさせる緑の葉と器の色が調和し、まるで絵画を見ているよう。それでいて、素朴さや日本らしさ、自然を感じさせます。

お料理で大切にされていることは何か、料理長の岩山泰久さんにお聞きしました。

朝食の一例

「私が常に意識しているのは、素材そのものの味をお客様に堪能していただくことです。そのために、味付けはもとより食べやすさも追求しています。例えば、朝食にお出ししている湯豆腐は、炭をいこして入れた木桶を使います。炭は食材をゆっくり温めるので、食べごろの温度を維持してくれるのです。

また、料理の食べやすさには、その時のお客様の状況や状態も影響します。私は直接お客様とお話しをすることはないのですが、係と綿密に連携をとり、そのお客様の状態に寄り添った食材の切り方や味付けになるよう意識しています」と、岩山さん。

湯豆腐

「お客様の中には、ヴィーガンやベジタリアンの方、アレルギーをお持ちの方もいらっしゃいます。海外の方も含め私どもにお越しいただくすべてのお客様が安心して京懐石をご堪能いただけることを目指し、可能な限り対応をさせていただいています。

また、京懐石は、食べて楽しむだけでなく、見て喜んでいただく料理でもあります。料理に使う器は、京焼き(清水焼)を中心に、土物や陶器、染付などですが、食材と器の色が調和するように心を配りながら、選んでいます。

食材は、天候に大きく左右されるため、毎日同じ状態のものを用意できるわけではありません。しかし、それも自然の姿です。そのような食材に手を加えて綺麗に整えるのではなく、食材を活かすことを大事に少しだけ手を加えるということを意識しています」と岩山さんは語ります。

夕食の一例

柊家旅館を訪れる方に、料理を通してどのようなことを感じていただきたいかを、女将の西村 明美さんにお伺いしました。

「せっかく京都にお越しいただいたのですから、京都で育った食材を中心に、京懐石をお楽しみいただきたいと思っております。また、水に恵まれた京都で食材の味を引き出す水を選び抜いて使っています。

日本料理の中でも特に京懐石は、長年培われた伝統を継承する総合芸術です。季節の素材調理法、器、それぞれ違うものを取り合わせ、互いに引き立て合いながら流れを作っていく、自然と芸術を同時にお楽しみいただきたいですね。

鰆の朴葉焼き(夕食の一例)

日本旅館の良さは、人のぬくもりを感じていただけることではないでしょうか。ご滞在中のお客様にとって、旅館は生活の空間ですから、心底寛いで一日の疲れをとっていただけるよう、手間暇を惜しまず花や料理を始め、全体が調和し、なごみの空間を醸し出すよう心がけています」と女将。

***

花や料理のお話から感じたのは、“必要以上に整えないことの大切さ”でした。葉の虫食いの跡も、天候に左右される食材も、その状態そのものが自然。その良さを崩さず活かすよう、見えないように手を加えるというお話に、「自然との調和」とは何か、ありのままの自然とは何かに気づかされました。

「柊家」

住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
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撮影/坂本大貴
構成/益田瑛己子(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2023年9月3日に行なったものです。

 

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