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文・写真/新宅裕子(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)

トスカーナ州の州都フィレンツェ。

今回のご当地パスタはイタリア中部トスカーナ州の「ピチ」。誰もが一度は憧れる花の都フィレンツェを中心とする州ですが、ピチはそこからもっと南の地域の郷土料理です。小麦粉と水のみで作られるパスタという点では前回(https://serai.jp/kajin/1156101)の「ストランゴッツィ」と同じ。しかし、ピチのほうが極太の麺で見た目もまさにうどん、合わせるソースもトスカーナ州ならではの特色があり、一味も二味も違います。その独特の味わいを見ていきましょう。

タルクイニアのエトルリア墓地遺跡群には、ピチの原形が描かれているというが……肉眼では確認できなかった。

2500年前から食べられていた!?

一説には古代ローマ時代よりももっと昔、紀元前8世紀~3世紀頃の古代都市群、エトルリアでも食べられていた、と言われるほど歴史の深いピチ。世界遺産でもあるエトルリア人の立派な墓地遺跡には当時の宴の様子が描かれていて、そこにあるパスタのような壁画がピチの原形だと推測されています。このエトルリアがあった場所がイタリア中部、現在のトスカーナ州あたりということで、何かしらの影響が残っていると考えられるのは自然なことでしょう。

コシの強いうどんのような食感がおいしいピチ

ピチの定番ソースのひとつ、羊乳のペコリーノチーズを使ったカーチョエペペ。

さて、現在のピチといったら。日本の方なら誰もが「うどんじゃん!」と突っ込みたくなるほど、うどんにそっくりです。特に、カーチョエペペ(チーズとコショウ和え)を注文してみたら、ソースの白さもあって、うどんのコショウがけみたいになっていました。コクのある羊乳チーズのおかげでしっかりとイタリア料理にはなっていましたが、このピチ、イタリア在住日本人もうどん代わりに使うほど、“うどん感”が半端ないのです。

いろいろなピチを現地で食べ歩きましたが、やはりパスタ職人の腕次第で食感が全く異なります。私の好みはコシの強い、モチモチ感のあるピチ。シンプルなソースとよく合い、食べ応えがあるのです。中でもアリオーネと呼ばれるニンニクと和えた伝統の一皿は絶品。なんだかニオイが気になります? いやいや、意外にもまろやかな風味なんですよ。というのもこのアリオーネ、普通のニンニクではないんです。

巨大なのに優しいお味のニンニク

トスカーナ州南部の中心都市シエナ。

ピチの本場はトスカーナ州南部に広がるシエナ県。そこの代表的なパスタソースとなるのがこの地域の特産でもあるアリオーネです。直訳すると「大きなニンニク」という名の通り、本当にデカい! 手のひらサイズのこんなニンニク、読者の皆さまはご覧になったことがあるでしょうか。

トスカーナ州南部特産のアリオーネ。

迫力ある大きさのわりに、ニンニクのようなツンとした香りが薄く、実はデリケートな味わいが特徴。その秘密はニンニクの臭い成分であるアリシンがほとんど含まれていないことにあります。「キスのできるニンニク」なんて表現されるほどマイルドで、細かく刻んでトマトソースと和えるだけで、口当たりの良い繊細なパスタソースとなるのです。

シンプルながら食欲をそそられるピチのアリオーネソース和え。

弾力のあるピチと食べると絶妙で、もうフォークが止まりません。これだけの材料しかないので、素材のうまみがそのまま生きるパスタという印象です。このピチの巨大ニンニク和え、ニンニクが苦手な人にもぜひ挑戦していただきたい。そして、感想を伺いたいものですね。

イノシシ肉もよく食されるトスカーナ州

もっとガッツリ、お肉を食べたい方には、イノシシ肉のラグーを絡めたピチをおすすめしましょう。自然の豊かなトスカーナ州の田舎では狩猟が盛んで、シーズンにもなるとジビエ料理がたくさん。濃厚なイノシシ肉はパスタソースとしても人気です。

余談ですが、ソースが少しお皿に残ったら「スカルペッタ」をお忘れなく。パンでお皿の汚れを拭き取るように具やソースをすくって食べることを意味します。それを表す言葉があるほど、よく見られる光景で、躊躇する必要はありません。トスカーナ州で主流の素朴な塩なしパンと塩気のある肉のソースは特にピッタリです。

トスカーナ州では卵を練り込んだ幅広パスタ、パッパルデッレも有名。

今回はピチを紹介しましたが、このイノシシ肉のラグーには「パッパルデッレ」という幅広く平べったいリボン状のパスタを使用するのもトスカーナ州の定番。このように、トスカーナ州の中だけでもパスタやソースのバラエティが豊かで、これこそがイタリア料理のおいしい魅力だとつくづく感じます。

パスタと一言で言っても、隣町に足を踏み入れれば、また別のパスタに出会えるかもしれません。イタリア旅行の際は「え~、またパスタ!」なんて言わず、特産品をたっぷり使った地域ごとのパスタを存分にお楽しみください。

文・写真/新宅裕子(イタリア在住ライター)
東京のテレビ局で報道記者を務めた経験を活かし、イタリア・ヴェローナ移住後も食やワイン、伝統文化、西洋美術等を取材及びコーディネート。ガイドブックにはない穴場や現地の暮らしを紹介するほか、ワインなどの輸出仲介も行う。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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