文・写真/新宅裕子(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
去る6月16日の午後9時、北イタリアの町ヴェローナに轟音が鳴り響くと、上空には空軍アクロバット飛行隊Frecce Tricolori(フレッチェ・トリコローリ)による三色旗が鮮やかに描かれていきました。地上には大女優ソフィア・ローレンが姿を現し、公共放送の中継も入って大いに盛り上がりを見せています。
実はこの日はヴェローナ名物、野外オペラフェスティバルArena di Verona Opera Festival(https://www.arena.it/)の開幕日。しかも、100回目を迎える記念すべき年とあって、イタリア全土を巻き込んで大々的な式典が行われたのです。
古代ローマから続くヴェローナのシンボル、アレーナ
会場は築2000年もの歴史を誇る円形劇場アレーナ。古代ローマ都市として栄えていた頃に建てられ、当時は剣闘士の戦いなども行われていました。1117年に起こった大地震で外壁が崩れ落ちてしまいましたが、今なおコンサートやバレエ公演などにも使われる現役で、ヴェローナのシンボル的存在となっています。
この緻密に音響効果まで計算された楕円形の会場で、オペラが初めて上演されたのは1913年のこと。演目はイタリアオペラの巨匠、ジュゼッペ・ヴェルディによる「アイーダ」でした。オペラを知らない方でも、かの有名な「凱旋行進曲」(サッカー日本代表の応援歌のようなマーチ)は耳にしたことがあるでしょう。戦時中やコロナ禍での開催できなかった時期も乗り越えて、今年ついにオペラフェスティバルは100回目のシーズンを迎えたのです。
毎年必ず上演される「アイーダ」の他、今年は例年より演目数も多く、悲劇から喜劇まで豪華なラインナップとなっています。
100th Arena di Verona Opera Festival “100 times the first time”
・ヴェルディ「アイーダ」
・ビゼー「カルメン」
・ロッシーニ「セビリアの理髪師」
・ヴェルディ「リゴレット」
・ヴェルディ「椿姫」
・ヴェルディ「ナブッコ」
・プッチーニ「トスカ」
・プッチーニ「蝶々夫人」
通常2日連続で同じオペラが並ぶことはないので、3日間ヴェローナに滞在して3種類のオペラを見るというツウもいるくらいです。
豪華キャストながら気取らず楽しめる夏の夜
フェスティバルが開かれるのは毎年6月中旬から9月の初めまでという暑い夏の間のみ。日が落ちるのを待って開演時刻は21時前後と遅く、夜中の1時頃まで続きます。だんだん薄暗くなり、真っ暗な中に浮かび上がるステージの美しさといったら。オーケストラの生演奏に乗って、切ないアリアや迫力あるコーラスなどが響き渡り、アレーナ全体がステージとなって壮大なムードに包まれていきます。今年生誕100年を迎えるマリア・カラスや「神の声」と称されたルチアーノ・パヴァロッティなどの大物歌手も参加してきたと言えば、このステージの贅沢さも容易に想像できるでしょう。
オペラというと敷居が高いイメージですが、上段の席は5000円弱とお手頃で、子どもも4歳以上なら入場可能というカジュアルさ。オペラを知らずともこの雰囲気を味わいたい観光客に大人気のイベントとなっています。ただそこにいるだけで感動がこみ上げてくるような魅惑的な空間であり、ヴェローナ夏の風物詩として世界中から訪れる人々を魅了し続けてきたのです。
雨天なら止むまで待機、もしくは中止
野外ならでは、雨が降り始めたらオーケストラが突如演奏をやめ、楽器を守るために退散。観客は雨の中で何十分も待機しながら、雨が止むか、オペラ中止という判断を待つことになります。夏はよく晴れるヴェローナですから、雨天中止は1シーズンに数回程度しか起こりませんが、運悪くそんな日に当たってしまったら根気が必要です。
また、上段席の場合は古代ローマ時代の石造りの段上に直接座るため体勢を整えにくく、なかなか辛くなってきます。開演前にはレンタルクッションの売り子さんたちも回って来て、まるで球場のような光景に。こんなガヤガヤ感も、アレーナで見るオペラの醍醐味です。
イタリアでも若者を中心にクラシック離れが進んでいますが、ここでしか味わえないアレーナ独特のオペラはまだまだ活気があります。次の200回目記念を目指して、今後も受け継がれてほしいものです。
文・写真/新宅裕子(イタリア在住ライター)
東京のテレビ局で報道記者を務めた経験を活かし、イタリア・ヴェローナ移住後も食やワイン、伝統文化、西洋美術等を取材及びコーディネート。ガイドブックにはない穴場や現地の暮らしを紹介するほか、ワインなどの輸出仲介も行う。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。