暮らしを豊かに、私らしく

世の中をよくよく眺めてみると、変わりゆくものと変わらぬものがあります。また、変わらなければならないものと、変わってはならぬものがあるように思います。「古きものがなくなる」と聞くと、郷愁や喪失感が刺激されるのか、途端に騒ぎ始める人も多く見られますが、あたかも時代の流れに逆らうかのように、古きものを守るために行動を起こす人は稀です。そうした稀な人物のお一人が、『茶寮 宝泉』店主の古田泰久さんです。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。第34回は、京都・下鴨にある『茶寮宝泉』の店主に開業に至る経緯と“茶寮”に込めた思いをお聞きしました。

『茶寮 宝泉』が生まれた背景と経緯

日本古来の建築様式である、数寄屋造の佇まいの中で、京菓子を販売しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

「昭和40年代の頃からでしょうか? 京都・下鴨で生まれ育った私は、幼い頃から馴染んできた京都の風情というものが、急速に変わっていることに気づきました。私が幼い頃の下鴨は、現在の『茶寮 宝泉』のような純和風形式のお屋敷が多かったのですが、徐々に近代的な建築工法による画一的デザインの住宅が増えていきました。そのことで、下鴨地域の風情が崩れていくように感じました。

『ただ憂いているだけでなく、なんとか守っていく行動を起こさなければならない』との思いが強くなっていきました。

そうした思いを強くしている中、取引先銀行から、『あるお屋敷の持ち主が、現在の佇まいのまま利用してくれる新たな持ち主を求めている』との話が持ち込まれました。その物件が、現在の『茶寮 宝泉』だったんです」

理想と現実の乖離を消し去ったのは、大きな時代変化

「銀行の提案に応じて購入したものの、土地・建物には莫大な費用がかかりました。その上、店舗として改装するには予想以上の出費を伴いました。さらには、準備を整え開業したものの、表通りから外れた住宅街の中にあるものですから認知も上がらず、開店当初はまったくお客様が来てくれませんでした。当時としては馴染みのない茶寮形式ということもあって、暖簾をくぐりにくかったのかもしれませんね……。いずれにしましても、そんな状態が5年も続いたものですから、時間がかかると予想をしていたとはいえ、さすがの私も弱りました(笑)。

そんな時に、時代の大きな変化が、京都の風情、下鴨の風情を守ろうとする堅物の私を救ってくれたんです」

「それはどういうことですか?」と筆者が尋ねますと……

「SNSを利用していた来店者の方が、当店のことを紹介してくれたんです。すると、短期間でその投稿は拡散され、閑古鳥が鳴いていた時が嘘のように忙しくなったんです。ITのイロハも知らぬ私には、ただただ驚くべき出来事でした。

変化を好む若い人たちが、変化を好まぬ私を、まさか救ってくれることになろうとは思いもしませんでした。世の中とは不思議なものですね」と古田さんは笑います。

『茶寮 宝泉』玄関前で微笑む、店主の古田泰久さん。

店主の憂鬱と明日への想い

「予想もしていなかったことですが、うちのような歴史の浅い小さな和菓子店が、いつの間にか、メディアでは“人気店だ”と紹介されるまでになりました。おかげさまで行楽シーズンや祝祭日ともなりますと、多くのお客様にご来店いただきます。

しかし、私としては長時間待っていただいているお客様の姿を見ると、“申し訳ないなぁ“という気持ちになるんです」

「どうしてそんなお気持ちになるんですか?」と筆者が問いかけると、

「遠方から、京都観光を楽しみにお越しになるんですよねぇ。にもかかわらず30分、40分とお待たせしてしまうと、貴重なお時間を無駄にさせているようで、申し訳ない気持ちになるんです。そもそも『茶寮 宝泉』を作った私の思いは、『京都の風情の中で甘味をゆっくり味わってほしい』というものでした。

人気観光地・京都であること、そして近年の訪日外国人の急増によって、当初の環境とは大きく乖離してしまいました。こうした環境において、『果たしてお客様は、ゆっくりと楽しんでいただけたのかな?』と心配になるんです。

実は、2階には未だお客様には公開できていない部屋が2間あります。お客様の想いと、私の想いが共存する場所にできないものかと思案しているんです」とにっこりする古田さん。

今は公開されていない、2階の部屋

神無月の「梢の月」と季節の花

『茶寮 宝泉』の神無月の生菓子の中から、今回は「梢(こずえ)の秋」をご紹介します。

「『梢の秋』とは、月の異名のひとつで、“秋の末”をかけた言葉です。生菓子『梢の秋』は黄から紅色に染まる楓に見立てています。

“こなし”という小麦粉を混ぜて蒸した生地を、色粉で染めます。中に白餡を包み、楓の木型で造形いたしました。秋の深まりに呼応するように、『梢の秋』の彩りもまいにち微妙に変えているんです。生菓子を食しながら、刻々と移りゆく季節の歩みを感じていただけたら嬉しいですね」と古田氏。

床の間に飾られていたのは、秋明菊(しゅうめいぎく)、杜鵑草(ほととぎす)、藤袴(ふじばかま)、秋海棠(しゅうかいどう)、山査子(さんざし)。秋明菊、秋海棠ともに“秋”と名のつく花になります。秋明菊は別名・貴船菊と言い、京都の貴船山に多く見られたことに由来するそうです。

***

「言うは易く、行なうは難し」という故事があります。一年を通じての『茶寮 宝泉』の取材を締めくくるお話には、その故事の真髄を見たような気がいたしました。

古田さんのように、私財を投じてまで「古き良きもの」を守るという行動を起こすことは、誰もができることではありません。しかし、具体的な行動を起こせなくとも、古き良きものを守る人たちを応援することはできるでしょう。では、応援するとはどういうことなのかといえば、守る人たちの施設を積極的に利用することや、その良さを誰かに伝えることではないかと思います。

そうした意味において、この記事が古田さんの活動の支えの一つになることを願うばかりです。

「茶寮宝泉」

住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto

撮影/西村美羽
構成/末原美裕、貝阿彌俊彦(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2023年9月18日に行なったものです。

 

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