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4月より花人日和で連載がスタートする水引作家・田中杏奈さんに、水引の歴史や魅力を伺った前編に引き続き、インタビューの後編をお届けします。今回は田中さんに、水引制作のコツや作品のインスピレーションの源について伺いました。

水引作家・田中杏奈さん「時代が変わっても“変わらぬもの”を水引で表現し、継承していきたい」【新連載記念インタビュー】前編

あえて言葉にしないことが、日本文化の特徴

――結婚のご祝儀袋5本の水引を2束にした10本の水引が用いられているのは、両家がひとつになることを意味しているからだそうですね。

また、物事を清める魔除けとしての意味もあります。日本人は直接的に言葉にせず、メッセージを伝えるところがあります。皆まで言わずとも、同じ文化の中で育ったのだからわかるでしょう……という、暗黙の了解ですね。

その代表といえば、和歌。和歌は、気持ちを何かに例えて表現しています。明治期の文豪が「I LOVE YOU」を「月がきれいですね」と翻訳したという逸話に、皆が共感するのも、この共通認識があるからでしょうね。

――真偽よりも、「あえて直接的な言葉にしない」。そういえば、織田信長の妹・お市の方は、夫・浅井長政の裏切りを兄・信長に知らせるときに、手紙ではなく袋に小豆を入れ、陣中見舞いと称して届けた。これを信長は「袋のネズミ」だと悟り、退却したとか……。

おせち料理や縁起物なども、「言葉にしない要素」が強いです。今はなんでも言葉にするどころか写真、映像として表現する時代。言葉は力が強いので、心にさざ波が立つことも多いです。だからこそ、水引をはじめとする伝統文化に興味を覚え、学ぼうとする人が増えているのだとも感じるのです。

定期的に水引のワークショップを開催し、水引制作の指導を行っている田中さん。

――あえて言葉にしないといえば、日本の四季。そよぐ風に乗る梅の香、鶯の声、厳しい寒さの中に、ふと温かさを感じる瞬間、芽吹く気配など様々なことを五感で読み取り、「もうすぐ春だ」という気配に心が浮き立つことがあります。

そういう気持ちを、水引細工では表現することもできます。色、結び方、そして結んだ人の思いも出やすいです。最初はうまくいかなくても、練習してコツをつかんでくると、自在に表現できるようになります。

私がインスタグラムなどで発表する作品も、行事や四季の流れに寄り添ったものが多いです。それらの作品だけではなく、日々の暮らしの中で使える、現代的でミニマルなデザインのものや、アクセサリーなども製作しています。

記憶が結ばれて、生まれる作品

――さまざまなシーンで使えるから、「ありがとう」「うれしい」「ごめんなさい」などの気持ちも、水引は表現できそうです。ところで、作品のインスピレーションはどのように得ているのでしょうか。

自分が体験してきたことのすべてです。表面だけで「この時期は、この花が咲き、この行事があるからこうしよう」だけではなく、体験したときの気持ち、そばにいた人の心など、すべての記憶が結ばれて生まれると感じます。

水引と向き合っていると、感性が磨かれていきます。ただの紐が「結ぶ」ことで形を変えていき、そこに心が投影されるのですから、日々の変化や見るものの感じ方が異なってきますよ。

礼法も細工も、上手に作るコツは、基本的な練習を続けることです。同じ動き、結びを繰り返すうちに、体が覚え、所作が培われていき、感覚が磨かれていきます。水引は、曲線と直線のメリハリをつけることが重要なのですが、作り続けるうちに、直線部分に手を触れず、結べるようになってきます。

――「直線と曲線」。その視点から改めて作品を拝見すると、そのメリハリに気づきます。

直接と曲線のメリハリがあることの重要性は、「未開封であることの証明」という水引本来の意味にも深く繋がりますが、緩急があるからこそ、潔く美しい作品に仕上がっていくのです。結びは曲線が基本ですが、直線が入るのは、自然界に直線がないからだと考えています。このメリハリに美を見出すのは、日本的な感覚のひとつだと思っています。

水引細工では、鶴や亀などの縁起物、船、食べ物など、さまざまなものが作れます。でも、その第一歩は、ひたすら結ぶことです。結びながら、結びの違いにも気づくようになるはずですよ。私も毎日のように「あわじ結び」という結びをしていますが、始めたころと今とでは全然ちがいます。自分には最初のころの未熟さと、思いがはっきりと見えるのです。水引を通じて、世界は広がり、鮮やかになります。ぜひ、結んで、暮らしの中に取り入れてください。

いよいよ4月から、田中さんの連載が始まります。水引と田中さんの言葉、そして想いを通して、日本の伝統文化や移ろいゆく季節を感じてみてください。

田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/

取材・文/前川亜紀 撮影/黒石あみ(小学館)

 

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