これまで「品格」を論じた書籍が幾度となく、ベストセラーになりました。「品格」とは何でしょう? 『大辞泉』には、「その人やその物に感じられる気高さや上品さ。品位。」と記されています。
では、誰しもが共通して品格を感じるものとしてはどのようなものがあるでしょうか? あるとするならば、それは歴史の流れの中で磨かれた品格であり、そうした品格を感じられる数少ない場所として、京都の老舗旅館が挙げられるでしょう。
【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第15回は、京都の市街地の中心部に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と宿をご紹介します。
◆弥生の出迎えの花
柊家の門をくぐり、石畳が敷かれた玄関には、おかめ桜と小手毬(こでまり)が飾られていました。
「3月は雛祭りもあることから愛らしい雰囲気にしたいと思い、小さな花を咲かせる “おかめ桜”を選びました。紅色の濃い花は、春の訪れを感じさせてくれます。桜は日本原産の花ですが、おかめ桜はイギリスで誕生し、日本に里帰りしてきた桜です。京都では、出町柳にある長徳寺のおかめ桜が有名ですね。
しっとりと落ち着いた雰囲気よりも、小さな子供が元気に春の野原を跳ね回っているような心浮き立つ雰囲気を出したかったので、取り合わせには小手毬を選びました。少々元気すぎる気もいたしますが、可愛らしい色合いになるよう整えています。」と、『柊家』長女の西村 舞さんは語ります。
上がり口には、「貝合わせ」に使われる源氏物語五十四帖を一組ずつ描いた貝と、「花宴」の漆絵が施された貝桶が飾られていました。
「『貝合』に使われる貝は、本来、蛤の殻の内側に絵を描くものですが、こちらは陶器で作られたものです。今から20年ほど前に、陶芸工房の方から譲り受けました。貝の蓋と身をきっちりと合わせるところに職人さんの手仕事による技術の高さが窺い知れます。」と女将さん。
◆花車の襖絵が華やかな33号室
今回、ご紹介いただく部屋は、旧館1階にある33号室です。襖絵にちなみ、花車の部屋とも呼ばれています。
「襖絵自体は、江戸時代のものだと聞いております。元々は2階にある25号室の扇の襖と対になっていましたが、より多くのお客様に楽しんでいただきたいと思い、お部屋に分けて入れることにしました。
この部屋は、三島由紀夫先生が最後の家族旅行で泊まられた部屋でもあります。その時、三島先生は馴染みの仲居頭の八重に『うちの坊主は、僕より上を行くようになれると思うかね』と尋ねられたそうです。
八重は(どれほど偉くなられても、世間に名を知られるようなお仕事をなさっても、子供を気遣う親の気持ちは変わらないものなんだと)と胸を熱くしたそうです。そして、『この坊っちゃんの日頃のご様子からして、きっと先生以上の方にならはります』と返すと、先生は満足そうに微笑まれたと聞いております。
帰る間際にも京都駅から、わざわざ『あなたは長生きしてくれよ』と電話をいただいたそうです」と、女将の西村明美さんが当時の思い出を語りました。
こうしたエピソードからも、柊家とお客様との付き合いの深さが感じられます。
◆春の部屋がはなやぐ、乙女椿と油瀝青
部屋の床の間には、乙女椿と油瀝青(アブラチャン)が生けられていました。
「油瀝青は、山野に生えて春に萌黄色の小花をつけます。緑が若々しく、軽やかにはじける風情があります。色も形も愛らしい、乙女椿と合わせました。
花を生けるときは、軸や庭の花と重ならないように気を付けています。花を飾るのであれば、掛け軸は花が描かれていないものを選びたい気持ちもあるのですが、これからは春を迎えますので、心が明るくなる牡丹とたんぽぽの描かれた軸にしています。」と舞さん。
◆京都のものづくりを感じさせる、京雛
待合には、京雛が飾られていました。
「もとは、祖母が大切にしていたお雛様でした。明治期に作られたものなので、表情が柔らかく雅さが感じられるお顔をしています。数年前には、乱れていたお髪とお顔を整えてもらいました。
どこで作られたお雛様かは記録が残っていなかったので、髪を整えてもらった職人さんにお伺いしたところ、『作風からして、京もんですな』と言われました。どうしてそんなことがわかるのかと尋ねると、『お顔立ちと佇まいに品がありますでしょ』と応えられました。
着物や漆器、かんざし、扇、人形など京都を代表する伝統工芸品は、昔から分業制によって作られています。工程ごとの職人は自分の仕事を終えると、次の工程の職人へ引き継いでいきます。もし、いずれかの工程の職人がお粗末な仕事をすれば、その作品は工芸品としての価値を失うことになります。だからこそ、京都の職人たちは己の技術と感性を高めていったのです。そうした職人たちによって作られた京都の工芸品には、品格が宿るのだと思います。」
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「『品格』とは、知識と技術、思いやりとやさしさに裏打ちされたものではないでしょうか」と女将はおっしゃいます。
そうして考えると、「品格」に関する本を読んだ瞬間から、すぐさま身に付くものでもないですよね。もし、品格というものを身に付けることを願うなら、長い歴史によって作られた品格のある場所やそうした場所で働く人たちと接することで、学んだり、吸収したりできるのではないかと思いました。
「柊家」
住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
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撮影/梅田彩華
構成/末原美裕(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook)
※本取材は2023年3月15日に行ったものです。