暮らしを豊かに、私らしく

2022年、長年在籍していたTBSを50歳で退職し、現在はフリーランスのアナウンサーとして活躍中の堀井美香さん。ますます活動の幅を広げ、自分の想いに素直に、そしてしなやかにセカンドステージへと歩を進めはじめた堀井さんが語る「ひとり時間の持てた今だから味わえるひととき」を隔月でお届けします。

【私をつくる、ひとり時間】
第5回 令和の混迷「おばさんたちのクロスリアリティ」で得た確証

文・堀井美香

2024年1月26日と27日。渋谷公会堂(現LINE CUBE SHIBUYA)にて、自身が担当するPodcast番組「OVER THE SUN」(オーバーザサン、略してオバサン)のイベントがありました。

「OVER THE SUN」は3年前、エッセイストのジェーン・スーさんと私、スタッフ3人という小さな所帯で、誰に注目されることもなく、静かに始まった番組です。

その未来に、シブコー2日間、全国8都市のライブビューイング、国内や海外への配信と、万を超える人々が集まってくださる稀有の事態が待っているとは誰が知り得たでしょうか。心から、これまで支えてくださった皆様、聞いて下さっている互助会の方々への、感謝の念に堪えません。

光の射す場所は誰よりも見えているけれど、ステージは上がるより上げろの黒子人生ジェーン・スー(50)と、芸もなければ学もない、キラキラもインスタ映えも程遠く、今日もニトリのこたつに入りカップ麺を啜る堀井美香(51)。

そんな同じ穴のムジナのおばさん二人に、これまたおばさんたちが歓喜してくれるという、いわば令和の混迷。どうしてこういうことになったのか、応援してくださる互助会員さんたちも当の私たちも皆が謎に包まれている、現実と仮想の融合。そう、この現象こそが現代のクロスリアリティとも言えるのです。 

手品、ダンス、ドラムに芝居……やりたいことを全部やろう!

172回、172時間にもわたって、リスナーさんにすら程よく忘られているような、意味も意義もないトークしか出してこなかった私たちです。当然ながら、舞台の上で皆さんにお見せする手持ちのカードが何もないことなど早々に気づいていました。「もう好きなことをしよう、イベントまでにやりたいことを全部やろう!」とDAY2の芝居の台詞さながら、手品、ダンス、ドラムに芝居と、好き勝手、無謀とも言えるステージメニューを嬉々としてあげるおばさん二人に、若手スタッフたちはさぞかし困惑したことでしょう。

互いに他にも仕事があったし、もう24時間では足りないくらい切羽詰まっていたけど、来てくれた人を絶対にがっかりさせない、自分たちの芸が生煮えであることを忘れるな、と私たちは気合を入れ続けました。やろう、やるよ、二人で絶対頂上へ辿り着こう、とセコンドの声かけ並みに深夜のラインで何度も言葉を重ねたし、疲れたね、でもやらないとね、あんた倒れるなよ、あんたも生きろよ、と深夜朦朧とした意識の中、二人で芝居の稽古をしたりもしました。

何という涙ぐましい努力への姿勢。何という責任感。

死ぬ物狂いで闘う姿を見せ、周りを鼓舞しようとする50歳。これぞ中高年のあるべき姿。感動バディストーリー。と、ここで締められれば収まりも良かったのですが、残念なことに、イベントに向かうまでのあの期間、二人の意識の中には、誰かを感動させたい、誰かを元気にしたい、誰かのために、とよく大きめのイベントで謳われる高尚な精神など、おそらく、全く、宿ってはいなかったのです。

常にふざけていたけれど、最高にワクワクする時間

だいたい、常日頃から、耐え忍ぶとか満身創痍で戦い抜くなど、盛大に避けていきたいと思っている私です。でもこのイベントで、少しだけ確証を持てたこともありました。

ミカちゃんもドラムねと、言われるがままにドラムを始めました。自分がこの歳でスティックを持つなんて思いもしなかったけれど、練習を重ねれば重ねるほど面白くなって、電車の中でも腕を動かしていました。大晦日に行ったベートーベン交響曲の演奏会ではティンパニに釘付けだったし、息子の歳くらいの若者たちがたむろする下北沢の練習スタジオに入りづらかったのは最初だけで、後半は暇があれば入り浸っていた気がします。

好きな朗読で演出をつけてもらったりすることはあるけれど、みんなの前で思いっきり泣いたり笑ったりするお芝居があんなに楽しいとは思いませんでした。

思いつきで行動した、ライブビューイング各地の弾丸旅も、手羽先の装置の作成も、金塊のお好み焼きの試作時も、常にふざけていたけれど、それはもう最高にワクワクする時間でした。

体を一度大きく広げて、何があっても楽しむんだと覚悟する

全て、ただただ自分が楽しかっただけ。でもその時間の中で、よく分かったのは、自分自身楽しむことを忘れなければ、誰でも主役になれるということ。私がこのイベントで見て欲しかったのは、そんなことの証明だったのかもしれません。

年甲斐がない、イタくてみてられない。そんな言葉に傷つかないように、思慮深くあろうとするのは、私たち中高年の悪い癖でもあります。

今、苦しく困難な人生の最中にいて、ふざけることなどおろか、楽しむ余裕なんてないという方もいるかと思います。

それでも頑張って、なんとかして、欲求に正直に、単純な考えで動いてみる。私たちの歳では、そんな子供じみたことですら、難しいことかもしれないけれど、だからといってふざけたり楽しんだりする気持ちを枯らしてしまってはもったいないとも思うのです。そしてせめておばさん同士は、自由にやっている人間の邪魔をしない。相手の好きの否定もしない。そうやって誰をも何をも咎めず生きていきたい。油断すると、すぐ丸まってしまうから、体を一度大きく広げて、何があっても楽しむんだと覚悟する。誰のためでもなく、自分のために。

そう考えると、「OVER THE SUN」で時々私たちが口にする、「おばさんとして、いつまでも無責任に楽しいことをしていよう、ふざけていよう」という人生訓も、あながち間違いではないなという気がしてくるのです。

※私たちがやりたい放題やらせてもらったイベントの模様は、ぜひこちらでご覧ください…笑
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2347468

写真 キム・アルム(@ahlumkim

堀井 美香(ほりい・みか)
1972年生まれ。2022年3月にTBSテレビを退社。フリーランスアナウンサーとして、ラジオ、ナレーション、朗読、執筆など、幅広く活動中。
HP:https://www.yomibasho.com/
Instagram:@horiimika2022
Twitter:@horiimikaTBS

 

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