暮らしを豊かに、私らしく

2022年、長年在籍していたTBSを50歳で退職し、現在はフリーランスアナウンサーとして活躍中の堀井美香さん。ますます活動の幅を広げ、自分の想いに素直に、そしてしなやかにセカンドステージへと歩を進めはじめた堀井さんが語る「ひとり時間の持てた今だから味わえるひととき」を隔月でお届けします。

【私をつくる、ひとり時間】
第1回 人をシアワセピンクに染める、ワンピースとの出会い

文・堀井美香

その日私は、眩しいほどのワンピースを身にまといました。「シアワセピンク」と名付けられた美しいシルエットのドレス。ふわりと舞い上がる裾、目の覚めるような暖色系のビビッドなカラー。

会社員時代は就活生みたいな地味目スーツを常用し、女子アナファッションの象徴ともいえる淡色ブラウスを頼り、保守を貫いてきた私です。この歳にして、満艦飾いっぱいの洋服の購入には、勇気を要しました。しかしどうしても、その少し派手目なワンピースを、力の限り素敵に着こなし、自分にとって上限いっぱいの写真を撮りたい理由があったのです。自分で都心の広いスタジオを借り、仲の良いヘアメイクさんとカメラマンさんに、「あなた方の最高傑作となる作品を期待します」と無理難題を言い放ち、撮影に臨みました。

ワンピース「シアワセピンク」。生地にプリントされた鮮やかな模様は、四角・丸・三角をペンで描き続ける作家 fuco:氏の作品で、福祉実験ユニット「ヘラルボニー」さんが販売しているものです。花人日和をお読みの方の中には、このヘラルボニーという名前を聞いたことがあるという方がいらっしゃるかもしれません。

ヘラルボニーさんは、30代前半の人たちが中心の株式会社。知的障害のお兄様を持つ、双子のご兄弟、松田崇弥さんと松田文登さんが、彼らの地元の岩手で立ち上げました(ちなみに「ヘラルボニー」という名前は、お兄様が小学生のころ綴っていたノートに何度も書かれていた言葉なのだとか)。知的障害がある方たちのアートをデザインに落とし込み、ファッション、インテリア、空間装飾と様々なプロダクトを創造しています。目指すのは、価値あるものが正当に評価されるフェアな社会、そして障害のある人が生きやすい優しい世界。彼らにとっては、そのための一歩となる取り組みのひとつがワンピースやバッグなどの商品展開です。

このワンピースのお値段は49,500円。決して安くはありません。でもヘラルボニーさんが、意図していることがわかるのです。かつて、私も障害のある方が作ったお菓子を買ったとき、目を見張るような丁寧な細工と、この上ない美味しさのクッキーにもかかわらず、100円という値段に違和感を覚えたことがありました。もっと可愛く包んであげて、もっとおしゃれな場所で売ったら高く売れるのに。プロデュース次第でたくさんの人にPRできるのにと、安易に考えたりもしました。でも、ヘラルボニーさんはその先の未来を見据えています。

叩き売るような価格などは論外、かといって感情的な価値を上乗せした価格でもない、商品の価値そのものを投影した価格を付け、ビジネスとしてしっかり流通しないと、「知的障害の人が作った商品」への偏見は無くならない。大事なのは正当な価格。知的障害の方たちの仕事がちゃんとリスペクトされること。そして彼らの周りのお金が循環していく形を作ることで、溝を埋めていく。そうやっていつか、ありのままの姿をみんなが肯定する世界に、つながってほしい。

優しい世界で生まれた「シアワセピンク」が、私を自由に、輝かせてくれる

ヘラルボニーの松田さんが、私が担当するPodcast 番組「WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)」にゲストでいらしたとき、今彼らが挑戦しようとしていることに心底共感し、その心意気におばさんは、なんだか嬉しくなりました。まだ時間はかかるだろうけれど、その変革を見届けたいし、応援したい。私と同じ東北の出身で朴訥とした優しい話し方に癒されながら、自分なりに少しでも力になりたいとも思いました。できるならそのワンピースを綺麗に着て、SNSにあげる事も、私ができる一つの方法かもしれない。

ただこの年齢になると、少しの油断で、倦怠感、疲労感、イライラなど、あらゆる老化が写真に浮き出てくることも日常茶飯事。そんな写真を世に出してヘラルボニーさんにご迷惑がかかっては元も子もない。ブランド価値を落とさないよう渾身の写真を撮ろう、そう思って万全の準備をしたというわけなのです。

でも当日、この鮮やかな「シアワセピンク」を着て、クルクルとポーズをとったり、街に出てショーウインドウに映る晴れやかな自分の姿を目にしながら撮影しているうちに、顔はほころび、心は躍り、テンションはどんどん上がっていきました。

蓋を開けてみれば、心底楽しそうな私の姿の写真でいっぱいに。何の心配をする事もなく、ヘラルボニーのワンピースはしっくりきていて、なんだか自由で輝いていて、そこには希望があったのです。(どさくさ紛れの自画自賛すみません……)

SNSにあげると、素敵! 私も着てみたい! どこのブランドですか? というコメントに湧き立ちました。たくさんの人が、なんの情報も先入観もなしに、ただただワンピースが持つみずみずしさと輝きに魅了されていたのです。

きっと、このワンピース自身が持っている力がそうさせたのだと思います。そして、もしかしてこのワンピースは本当に、人を世界をどんどん「シアワセピンク」に染めることができるのでは、と思ったりもしているのです。

写真 キム・アルム(@ahlumkim

堀井 美香(ほりい・みか)
1972年生まれ。2022年3月にTBSテレビを退社。フリーランスアナウンサーとして、ラジオ、ナレーション、朗読、執筆など、幅広く活動中。
HP:https://www.yomibasho.com/
Instagram:@horiimika2022
Twitter:@horiimikaTBS

 

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