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私たちの日常生活において、飲食店を利用する機会は多いものです。その用途や目的、お店のタイプも様々。友人や知人との懇談、家族のお祝い、ビジネスにおける接待など、食事を摂りながらの会話は、しばしば人間関係を深める機会となり、思い出として長く記憶に刻まれる出来事にもなります。

そうした大切な食事の機会を演出するには、お店選びが重要な要素です。ネット社会である今日では、お店の雰囲気や料理などはグルメサイトの評価やSNSの投稿を閲覧することで、ある程度判断できます。

しかしながら、それらの情報を信じ、慎重に進めたはずのお店選びなのに後悔することもしばしばです。その理由の多くが、店員の接遇や応対、言葉遣い。こうしたことを考えてみるに、お店の印象や料理の味までも変えてしまう接遇という「人的要素」が、いかに重要であるかを改めて知ることになります。ましてやその施設の料金が高額になればなるほど、それに見合ったサービスが要求されます。

京料理の最高峰と謳われる『菊乃井』において、仲居さんが提供している接遇は、いったいどのように考えられ、どのように位置付けられているのかを『菊乃井』代表の村田吉弘さんにお尋ねしました。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第27回は、高台寺東側にある『菊乃井 本店』の文月の花と京料理をご紹介します。

◆仲居が国登録無形文化財に含まれたワケ

「京料理は、昨年11月に国の登録無形文化財となりました。“京料理”となっておりますが、決して料理のみが登録されたわけではありません。料理としつらいと女将と仲居が提供するサービスの三位一体となったものが、国の登録無形文化財として認められたわけです。

なぜ、仲居のサービスが登録無形文化財に含まれていると思いますか?」と村田さんは、筆者の顔をのぞきこむように尋ねてこられました。

「あなたも普段、外食される機会も多いでしょう? そのとき利用したお店の店員の応対が悪かったら、料理の味はどうですか? 随分と変わってくるんと違いますか? だから、京料理においては板前が作る料理が3割、女将・仲居の接遇サービスが3割、そして、しつらいが醸し出す空気感が4割というように考えているんです。

このことをよく考えてみてくださいよ。料理としつらいというものは、ある程度高い質を保つことができます。しかしながら、仲居のサービスは人間によって作られるものですから、その日の仲居の体調やら気分によっても変わりますし、そのサービスを受けるお客様の心持ちによっても変わってくるものです。だから、仲居のサービスは京料理において欠かすことのできないものなんです。

日本の古くからある仕事、仲居という職業は、これまで社会的に低く扱われてきた歴史があります。それを具体的に示す例として、厚生労働省の職業分類を見てみますと、旅館の仲居はあるのに、料亭の仲居はないんです。また、若い人材を求め教育機関へ求人を出そうとしても、不思議なことに受け付けてもらえないんですよ。どうやら仲居という仕事は、風俗的職業と捉えられているようですなぁ(笑)。こうしたことを見ると、あたかも、職業的差別を受けているように感じられます。

そんな扱いの仲居の仕事が、こともあろうに国の登録無形文化財として認められたわけですよ。これって、おかしいとは思いませんか? だから私は、国の法制度そのものから変えていかなあかんと思って、議員の大先生方に働きかけを行なっているんです」

そう考えている村田さんの思いを、当の仲居さんたちはどのように受け取り、この職業を選んだのかをお尋ねしてみました。

◆仲居という仕事の魅力

仲居となって3年経つ、ともさん。

どんなきっかけで仲居となられたのですか?

「高校卒業後、アパレル関連の仕事を7、8年続ける中で、新たな道を模索しておりました。そんな時、登録していた職業紹介サイトから『菊乃井 本店』のオファーをいただいたのがきっかけです。

オファーを受けたものの、知識もなく、足を踏み入れたこともない世界でしたので、躊躇するものがありました。意を決して『菊乃井 本店』の玄関を訪れ、2階大広間に通されたとき、これまで体験したことのない重厚な雰囲気に圧倒され、恐怖にも似た緊張感に襲われたことを鮮明に覚えております」と、ともさん。

「これまでの仕事とは違うし、大変だということは覚悟して仲居になりましたが、その想像を遥かに超える大変さが待ち受けておりました」と微笑まれます。

「慣れない着物の着付けから始まり、立ち居振る舞い、扱い方のわからぬ道具、知らない料理の名前、どれ一つをとってもわからないことだらけでした。“大変な仕事を選んだものだ”と、気が遠くなるような思いをしたこともあります。今となったら懐かしい思い出です」とにっこり。

3年が経った今、仲居という仕事に就いて、良かったと思われることはありますか?

「今年の5月に開催されたG7広島サミットに随行して、各国首脳の接遇のお手伝いができたことです。一般の人が決して立ち入れぬ場で、接遇をさせていただいたことは貴重な体験であると同時に、私の人生における大切な宝物となりました。

改めて仲居という仕事を考えてみますと、大変お得な仕事だと思っています。着物の着付けやお茶、お花の嗜みが身につけられ、その上、毎日美術館でしか観られないような貴重な逸品を目にすることができます。

また、個人的には決してお目にかかることのできない人に至近距離で接することにも恵まれます。この仲居という仕事の価値を、多くの方に知っていただきたいなと思っております」

◆文月の生うに豆腐

生うに豆腐 山葵餡 若布

『菊乃井本店』の文月の献立の中から、今回は猪口の生うに豆腐を取り上げます。

「私が木屋町で店を出した時から、文月になると作り続けている一品です。 この一品ができたのは、“豆腐そのものがうにで出来ていたら、どんなに美味しいだろう”と思ったことがきっかけでした。

ところが、肝心の豆腐は、豆乳の中ににがり以外のものを入れた途端に、固まらんのですわ。これには困りました。詳しいことは言えんけども、うにとにがりとあるものを加えると、うに豆腐になったんです。お客様に完成してお出しできるまでに、おおよそ7、8年がかかりましたわ。

暑いこの季節ですから、目からも涼というものを感じてもらわないといかんと思っております。豆腐を盛り付けている皿は芭蕉の葉をイメージし、スプーンは枝のシルエットを感じてもらえる作りにしています。これは、ベニスのムラーノ島まで行って、作らせたものです」と村田さん。

『菊乃井 本店』1階の、葵の間。網代が敷かれ、夏障子が涼しげ。
芸術性の高いオールドバカラのオブジェ(作品名:さざ波)に檜扇が生けられている。

***

30年以上仲居の仕事をしている方のお話によると、「ひと昔前は、40歳を過ぎないと、『菊乃井』の仲居には採用されませんでした」とのことです。このことは、仲居という仕事が“お客様の性格や気持ちを感じ取る仕事”であるが故に、ある程度の人生経験を必要としていたことを物語っています。

2015年の野村総合研究所の発表によれば、現在の職業の約半分はAIやロボティクスなどで代替可能との予測が出ています。そうした時代が来ようとも、仲居という日本の仕事は無くならないと感じました。

「菊乃井 本店」

住所:京都市東山区下河原通八坂鳥居前下る下河原町459
電話:075-561-0015
営業時間:12時~12時30分、17時~19時30分(ともに最終入店)
定休日:第1・3火曜(※定休日は月により変更となる場合あり)、年末年始
https://kikunoi.jp

撮影/高嶋克雄(バウプラス京都)
構成/末原美裕・貝阿彌俊彦(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2023年7月15日に行なったものです。

参考:野村総合研究所

 


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