暮らしを豊かに、私らしく

物騒なニュースを聞かぬことのない、昨今。いつの頃から、こんな世の中になったのでしょうか? 自分自身の生活を振り返ってみても、いつも何かに追われているかのようにセカセカとし、些細なことにイライラすることの多い自分の姿が見えてきます。

和菓子の業界では、「お菓子を食べながら、喧嘩をする人はいない」という金言があるそうです。この金言を基にすれば、美味しくて甘いものを食べるようにすれば、世の中から物騒なニュースも減ることになりますが、さて、どうなのでしょうか? その金言の意味するところを『茶寮宝泉』の店主・古田泰久さんにお聞きしました。

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。第31回は、京都・下鴨にある『茶寮宝泉』の花と京菓子です。

◆「お菓子を食べながら、喧嘩をする人はいない」という金言

和菓子の業界では、「お菓子を食べながら、喧嘩をする人はいない」という金言があるとお聞きしましたが、本当でしょうか?

「私は若い頃、菓匠と呼ばれる高明な職人のもとで修行をいたしました。その時に聞かされた言葉です。

必ずしも、お菓子を食べながら喧嘩をしないかと言えば、実際のところわかりません(笑)。しかしながら、本当に美味しいお菓子を食べると、『美味しいなぁ』とつい言葉にしてしまいます。そんなお菓子を二人で食べれば、相手もまた『本当に美味しいですよね』と口にし、互いに口元が緩み、和やかな雰囲気になるものですよね」と古田さん。

言われてみると、実際そうしたことは多いように感じました。

「この金言には、『菓子職人になるからには、自分が作ったお菓子でその場が和み、幸せな気持ちになるような菓子作りをしなさい』というメッセージが込められているんだと思います。

そして、ある種、辛い仕事に携わる職人を励ます意味もあります。“何を目指すのか、どういう職人になろうとするのか”、と問われたら、“お客様の顔をほころばせるような和菓子を作ること”。それだけのことですから。

菓子作りをするに当たって、『これを作るのには、非常に苦労しました』とか『最高級の材料を使っています』などというような講釈をする必要はないんです。ご提供した菓子の価値は、その菓子を食べたお客様の顔がすべてを物語るんですから。

しかし、和菓子業界も機械化が進み、この金言がどれほど生かされているのか、疑問に思うことがあります。だからこそ、当店では、この言葉を大切にして一つ一つ手作りしています」

製菓風景

◆和菓子店で大切にされる「饅頭喰い人形」

半分に割った饅頭を持つ、伏見人形「饅頭喰い」。
「お父さんとお母さん、どちらが好き?」と尋ねられた子供が、手に持っていた饅頭を2つに割って「この饅頭、どちらが美味しいと思います?」と、問い返したという。そうした逸話を表した人形。

「昔の和菓子店には、この饅頭喰い人形が必ず置かれていました。今、どれだけの和菓子店が置いているかはわかりません。しかし、私には深い思い出があり、忘れることができないんです。

自分の思い描くような店ができたら、必ず饅頭喰い人形を買い求めたいと思い、探しておりました。あちこち古物商を巡り、ようやく手に入れたものです。作者や作られた年代はわかりませんが、修行時代に師匠から見せてもらった饅頭喰い人形にそっくりだったんです。師匠の人形は、もう少し大きかった気もいたしますが、時折、この人形を掌に抱いて、修業していた頃を思い出しています」

愛おしそうに眺める、古田さんの横顔が印象的。

◆長月の「着せ綿」と季節の花

『茶寮 宝泉』の長月の生菓子の中から、今回は「着せ綿(きせわた)」をご紹介します。

「9月9日は、重陽の節句です。古代中国より、奇数の重なる日に、季節の植物を用いて邪気を祓う習わしが伝わりました。その中でも、陽の数字(奇数)で最も大きい9が並ぶ重陽の節句は、大変おめでたいとされています。この日は菊の酒を飲み、長寿を願うのが習わしでした。

重陽の節句は、菊の節句とも呼ばれます。その菊にちなんだ生菓子として、『着せ綿』がございます。この生菓子は、“菊の花に綿を載せて露を集め、その綿で身を拭うと長寿になる”という故事にちなんだものです。

旧暦の9月9日は現在の10月上旬に当たるため、現在の暦ですと菊が咲く季節までには少し早いですが、こうした行事を行なうことで、秋の気配を感じていただけたら幸いです」と古田さん。

菊の軸の前に飾られていたのは、桔梗(ききょう)や矢筈芒(やはずすすき)など。
種々取り合わせられ、野辺のような風情が美しい。
庭の木には柘榴(ざくろ)の実がなっていた。
百日紅(さるすべり)も、鮮やかなピンクの花を咲かせている。

***

今回教えていただいた金言について、改めて考えてみました。一説によれば、“脳は甘いもの好き”と言われています。その説が正しいとするならば、甘いものを食べると、脳細胞が喜び、穏やかな気持ちになるということかもしれませんね。そのことを裏付けるように、古田さんは、いつお目にかかっても、にこやかにご対応してくださいます。それは、長年お菓子作りに携わったことで得られたお人柄なのだと思いました。

「茶寮宝泉」

住所:京都市左京区下鴨西高木町25
電話:075-712-1270
営業時間:10時~17時(ラストオーダー16時30分)
定休日:水曜日・木曜日(※定休日は月により変更となる場合あり、年末年始休業あり)
HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto

撮影/西村美羽
構成/末原美裕、貝阿彌俊彦(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2023年8月18日に行なったものです。

 

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