
今年、国立工芸館は工芸の聖地・金沢へ移転して早くも満5年を迎えます。その移転開館5周年を記念した展覧会第1弾「移転開館5周年記念 花と暮らす展」が3月14日からスタートしました。本展は、近現代の工芸・デザイン作品におけるさまざまな「花」の表現をじっくりと堪能できる、春らしい華やかな展覧会。お花見の時期に先駆けて、国立工芸館の展示室は早くも色とりどりの花々で賑わっていました。
まず第1章「花を象(かたど)る」の展示室に入ると、春から夏にかけての様々な花々をあしらった作品群がお出迎え。陶磁やガラス、木や竹、金属に漆など、多様な素材における花の表現が楽しめます。

各作品のモダンでスタイリッシュな造形表現に目を見張りました。よく“国立工芸館”という名称から、クラシカルな作品が並んでいるようなイメージを持たれがちですが、同館が専門分野とするのは近現代の名品。むしろ私たちの生活空間にフィットするような軽やかな作品が揃っているのです。
また、同じ植物をモチーフにした作品はそれぞれ近い場所に展示されていました。見比べてみると、たとえ同じモチーフだとしても、写実的であったり、装飾的にデフォルメされていたりと、各作家によって表現方法は千差万別であることがよくわかります。

本展で披露されるのは直接花をモチーフとした作品に限りません。第2章「花を想う」では、各作家が花々の姿から着想したイメージを模様やかたちの中に取り入れた作品群がお目見え。見ているだけで気持ちが華やぐようなカラフルな表現が楽しめました。



作品にぐっと近づいてみると、各作家の技術力の高さや独創的な表現技法なども堪能できます。気になった作品があれば、近づいたり離れてみたり、あるいは角度を変えて眺めてみたりと、思いのままに観察してみてください。一部の作品を除き写真撮影がOKなのも嬉しいところです。



続く第3章「花と暮らす」では、日常で使われる器や、花を活けるための花瓶や花器など、現代の私たちの生活により密着した作品が展示されています。自宅に持ち帰れば、今日から使ってみたい“即戦力”揃いでした。「もしこのなかから1点持ち帰るなら、どの作品が良いかな」などと、自分のライフスタイルをイメージしながら作品と向き合ってみるのも面白そうです。


なお、このセクションでは国立西洋美術館から特別出品されたモーリス・ドニの油絵作品も登場。彼は印象派よりも少し後に活躍した「ナビ派」の主要な画家でした。近代になると静物画や風景画のなかに花々の姿が描かれる機会も増えますが、とりわけドニは日常生活に寄り添うように花々を描くことを得意とした画家でした。

同時開催のテーマ展示「本と暮らす」では杉浦非水の貴重な旧蔵本も

さらに、この展覧会では同時開催のテーマ展示として、明治から昭和にかけて活躍したグラフィックデザイナー、杉浦非水の旧蔵本を紹介。国立工芸館は非水のポスター、絵はがき、原画などじつに700点以上の作品を収蔵しており、彼の旧蔵本も400点以上あります。
非水は企業広告やポスター、装丁など様々な分野で時代の最先端をゆくデザインを発表しましたが、今回のテーマ展示ではその旺盛な制作を支えた元ネタとなるような貴重な資料群を展示。制作の“舞台裏”を覗き見ているような感覚を味わえます。どの分野でも、優れたアウトプットを生み出すには、良質かつ大量のインプットが必要なのだ、ということを教えてくれる展示でした。

本展は特別出品の2点を除き同館所蔵作品による展示なので、これだけ充実した内容であるにもかかわらず、なんと観覧料は300円。工芸史やデザイン史に名を残す作家たちによる名作の数々を、ワンコイン以下で見られるまたとない機会です。ぜひ、この時期に兼六園や金沢城公園で満開の桜とともに、国立工芸館でのお花見を楽しんでみてはいかがでしょうか。
※特別出品モーリス・ドニ以外、すべて国立工芸館蔵
展覧会情報

展覧会名:「移転開館5周年記念 花と暮らす展」
会場:国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
会期:2025年3月14日(金)〜 6月22日(日)
※会期中一部展示替あり(前期:3/14~5/6、後期:5/8~6/22)
休館日:月曜日(ただし3月31日、4月7日、28日、5月5日は開館)、5月7日
開館時間:午前9時30分-午後5時30分(※入館時間は閉館30分前まで)
文・撮影/斎藤久嗣