水引を用いて、日本文化や四季を表現する水引作家の田中杏奈さん。毎月、季節を彩る美しい水引作品をご紹介するとともに、日本文化や習わし、それらが古より引き継がれてきた背景にある日本人の心について想いを語っていただきます。記事の最後には、水引にまつわる豆知識も掲載しているので、これを機に水引の制作に親しんでいただけたら嬉しいです。
【日々を紡ぐ、季節の水引】
第9回 古きと新しきを融合させ、次世代に何かを残す水引
文・写真 田中杏奈
毎年、年の瀬は、なんだかわくわくそわそわと落ち着かない気持ちになります。幼い頃から感じていた、他の季節と違うこの年末特有の空気感は、都会で暮らしている今よりも、大きな自然がすぐ近くにあった故郷の方が顕著に感じていたように思います。
淡路島にある私の実家は、山と海に囲まれた小さな集落の中で、生活用品や生鮮品を扱うこぢんまりとした商店を営んでいました。毎年年末は、年越しや年始の準備で、いつもと違う商品が店頭に並び、いつもより多くのお客さんが訪れ、賑やかに繁盛していました。これはあそこに飾るんだよ、とか、お節のこの食材にはこんな意味があるんだよ、とか色々教えてくれながら、忙しなく買い物をしていく見知った近所のお客さんの顔が、明るく溌剌としていて、そんなイキイキした表情につられて、私もなんだかワクワクと高揚感を感じていました。
正月支度
本年の様々なもの・ことを納め、新しい年を迎える準備をする師走。中でも12月13日は、「正月事始め」と言い、正月の準備を始める日とされています。家の中のホコリやススを払い、一年の汚れを落とし穢れを清める「煤払い」や、松飾り用の松を山に調達しに行く「松迎え」、餅の準備やお歳暮を贈るのもこの日に始めます。かつては、門松やしめ飾り等の正月飾りの準備もこの日に始めていたそうですが、現代では、クリスマスが終わった12月26日頃から飾られるようになっています。
そういえば、新卒で入社した広告代理店では、商業施設の販促プロモーションを担当していたので、毎年、館内ショーウィンドウをクリスマス装飾から正月装飾へドンデンする12月25日の夜は必ず夜勤でした。街の至る所で行われている装飾の差し替えは、深夜なのに多くの人が作業をしていて活気があって、扱う正月装飾物もとても華やか。そんな正月支度を始める街の様子を眺めるのを、毎年楽しみにしていました。
鏡餅
お正月で印象深いことの一つに、鏡餅があります。鏡餅は、お正月にやってくる神様、歳神様の依り代となる役割がある縁起の品。私が幼い頃は、大きなお餅に橙とウラジロ、白板昆布に伊勢海老、串柿、お米等、縁起物を豪華に添えた鏡餅でしたが、ここ数年は串柿と海老も用意せず小さなお餅で控えめにこしらえていると、毎年鏡餅のしつらえをしている祖父が教えてくれました。その分、橙は大きく、葉がたくさんついたものを選びます。お餅の下に敷いているのは白板昆布。三宝にはお米を敷き詰めています。
豪華な頃の鏡餅にあった柿串は、一串10個で2・6・2と隙間を開けて並べることで、「ニコニコ仲睦まじく」を表しているそう。周りにみかんを置いているのは、農業(みかん農家)を、家業としていた実家ならではかな、と思います。
鏡餅や元旦の作法等は、地方独自のもの、その家独自のものがあると思いますが、その家々で生業にするコトが違えば、きっと祀るものも違ってくる。どの家も、「その年がよい年になりますように」と願うことは同じでも、祈り方や願い方、その想いを乗せるものが、それぞれの家で違うカタチを持っているコト自体が面白いし、もっと色々な祈りのカタチを見てみたいなと思います。
変化していくコトと、残していきたいモノ
私が生まれた時とは違い、人口も数十人まで少なくなっている故郷の集落。過疎化が進む日本の地方の村々で時間をかけて培われた文化が、時とともに失われていくことに、たまらない寂しさや切なさを感じます。それらの担い手になることはできないけど、古くから伝わることを知り学び、その文化や智恵を大切にしたいと考えることは、それらを大切に受け継いできた先人たちを想うことに繋がります。
お正月の準備も、古くからある習わしに沿うと、たくさん準備しなければならない事がありますが、現代の暮らしの中で、昔と同じ様に全てを準備するのは現実的に難しく、様々なことが省かれていっています。ただ、その中で変わらないのは、新年へ向けた想いや希望、期待だったり、「来年はもっと良い年になりますように」という願いだったり。その為に、今の暮らし方の中で出来る限りの準備をし、お世話になった方へ感謝の気持ちを伝え、次世代に願いを込めます。
文化は営みから生まれるものだし、営みは人との繋がりがあってこそ、と考えると、時代が進む度に失われて行く習わしや文化がある分、現代の暮らしに合わせた新しい形で生まれる文化もきっとたくさんある。昔の人が何を考え、選び、大切にしてきたのか、その芯にある部分はきっと、今の暮らしの中でも大切にすべきことに繋がっていると思います。
何かが失われて行くことを寂しいと思うだけではなく、新しい時代の文化も受け入れつつ、古きと新しきを融合させながら、何かを次世代に残していくお手伝いができればと考えています。
時代が進み、世の中が変わり、人生に色々なことがあったとしても、その長い間、変わらず同じことを繰り返せるのはとても幸せだなと感じます。毎年、同じ四季の巡りや歳時を追いながら、変わらず伝えて行きたいことと、新しく受け入れたいことを、きちんと考え自分で選択することで、自分にとっての豊かさを一つ一つ見つけながら、その日々を大切に過ごして行きたいと思います。
お年玉包み
まだまだ家族が大所帯で、お正月にでもなれば集まった大勢の親族親戚皆で新年を祝っていた幼い頃。毎年たくさんのお年玉を集めるのがとても楽しかった。私の場合は、大半は母に没収され(貯金に回され)、手元に残った数千円は1月中に使ってしまうような小学生でした。
お年玉の由来は、餅にあることを知っていますか? もともとは歳神さまへの捧げ物とされた「鏡餅」を「歳魂(としだま)」と呼んでいました。1月11日「鏡開き」で割られたその餅を皆で分け、年始の挨拶に持って行ったことから、それが「お年玉」となり、江戸時代辺りから中身がお金に代わっていったとのこと。鏡餅が歳魂と呼ばれたのは、魂は丸く清く白いもの、と考えられていたからでした。
画像のお年玉包みは、折形でいう略式紙幣包みを参考に包んだもの。折形には陰陽など厳密なルールがあり、このような祝い事の紙幣の包みは、右側が被るようにする決まりがあります。左端を少し開けるのは、中に包まれた良いモノが少し漏れ出てくるようなイメージ。被せた端に挟んだ左側の色紙は「におい」と呼び、これをそっと入れることで様々な表情を作ることができます。
繊維の入った黄味がかった包みは、マニラ麻の原麻をそのまま漉き込んだ和紙、カラフルなファインペーパーには、日本の里の風景をイメージさせるような優しく温かい風合いがある「里紙」という紙を選んでいます。
水引は、あわじ結び、真結びなど、最も基本的な結びをアレンジして結んでいます。1本で結んだり、複数本で結んだり、どこか結びの一部を引き出したり、隙間を開けてみたり、結びの締め具合を変えてみたり。一つの結び方でも、数えきれない様々なアレンジができるのが水引結びの面白いところ。
冬至と小寒の水引選び
今や水引には数百種類の色があり、毎シーズン、各社から新色がリリースされています。どの色も、基本は各WEB SHOPで購入できますが、水引を始める方がまず悩むのは、膨大にある色の中から、どの色を選び購入するのか。今回はその中から、それぞれの季節に合う色合わせを選んでみました。
冬至(12/21頃~)の色選び
1年でもっとも夜が長く昼が短い日、冬至。「冬に至る」と書くように、寒さが更に厳しくなってゆき、新しい年を迎えるのもこの時期。新年を祝う晴れやかな日本らしいアソート。
・純銀水引 極
・プラチナ水引 ピュアホワイト
・プラチナ水引 モスゴールド
・花水引 千歳緑
・絹巻水引 紅
・絹巻水引 白
小寒(1/6頃~)の色選び
小寒の日を「寒の入り」、節分までの30日間を「寒の内」と言い、1年で最も寒い季節。色のない冬の世界と凍てつく大気をイメージしたアソート。
・プラチナ水引 シルバー
・絹巻水引 黒
・花水引 桜鼠
・花水引 墨色
巡る四季の色や、古くからの営みに想いを馳せながら、豊かな結びのひと時を愉しまれてくださいね。
■あわじ結び、真結び、お年玉包みの折り方の掲載がある書籍
『大人のおしゃれ手帖特別編集暮らしを愉しむ水引飾りBOOK』田中杏奈監修https://mizuhikihare.theshop.jp/items/49156520
■水引の購入先
そうきち
https://www.mizuhiki1.com/「プラチナ水引」「絹巻水引」
さんおいけ
http://www.sun-oike.co.jp/「花水引」
田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/
田中杏奈さんのインタビュー記事はこちら https://serai.jp/kajin/1116135