暮らしを豊かに、私らしく

昨年11月から始まった、【京の花 歳時記】。柊家旅館の連載、締めくくりとして、女将の西村明美さんより手記をいただきました。

「旅というのは、非日常を楽しむために遠くへ出かけるのが常です。そのため、これまでは京都や近辺にお住まいの方にご宿泊頂く機会は少なかったのですが、コロナ禍で県をまたいだ移動が制限されてから、近隣のお客様にご縁をいただく機会が増えています。

『いつも前は通るけれども、今回初めて伺いました』『近くでゆっくりと過ごせて、京都をより深く味わいました』と皆様におっしゃっていただきます。

柊家では、お部屋でお食事、お風呂、お休み時間をゆっくりゆったり過ごし、寛いで頂く事を大切にしています。加えて、訪れていただく方々の心に響く取り組みを考え、それらを具現化できる空間を実現するため、新たな改装に至りました。

遠方や近隣の方、お泊りやお泊りでない方にも、長い歴史の中で京都が熟成させてきた日本の文化を、ここ京都の旅館にてお楽しみいただきたいと考えております」

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第35回は、京都の市街地の中心部に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と新設された三つの空間をご紹介します。

神無月の出迎えの花

「暑さも少しずつやわらぎはじめました。虫の音に耳を傾けながら、澄み渡る夜空を見上げ、『十五夜』『十三夜』など月の満ち欠けに思いを馳せ、愛でることが楽しいころです。月の光や日の光に照らされ、輝く穂が風に揺れる薄(ススキ)の姿は美しいもの。玄関では、ヤハズススキ(矢筈薄)でお客様をお迎えさせていただきました。

また、色とりどりの秋草が楽しめる頃でもあります。玄関の上り口には、力強い印象の花器に、真っ赤に色づいたスズバラの実、少し色づき始めたアブラドウダンツツジ(油灯台躑躅)、こちらに向けた花先がほほ笑むようなホトトギス(杜鵑)、少し控えめな姿のオミナエシ(女郎花)、鮮やかな黄色の小さな花を咲かせるアキノキリンソウ(秋の麒麟草)を生けました。

広間のお花として生けたのは、繊細な竹籠に、うす桃色のサクラタデ(桜蓼)と薄紫のノコンギク(野紺菊)。秋の野山に咲く色とりどりの可愛い花の姿を楽しんでいただけるよう、それぞれの器に一輪一輪生けました」

2023年に新設された絹、竹、藤をそれぞれに配した三つの空間

「柊家には、創業当初の趣を残しながら現在に至る江戸、明治、昭和の木造建築の一角『旧館』と、2006年竣工の鉄筋部分の『新館』と呼ばれる一角があります。その時代に合わせて、古いものを大切にしながら少しずつ手を加え、魅力ある空間づくりに努めてまいりました。

このたび作り変えたのは、旧館のなかでも歴史を経た明治時代の一角。より魅力ある新しい姿の柊家を作るために、四つの客室を宿泊せずとも使用できる、三つの空間にしました。それぞれの目的用途に合わせ、異なった雰囲気になるようにしています。

一つ目のお部屋は、藤とガラスが特徴的な空間です。この部屋は、主だった建材を一番多く残し、古い部屋の雰囲気をできるだけ生かしました。また、外光を取り込み、透明感を与えるガラスも多く使っています。もともとあった格天井(ごうてんじょう)に、柊の模様を仕立てた切子ガラスを照明としてはめ込み、美しい光が輝くようにしました。床脇にはガラス障子をはめ、その奥に小さな机を設けています。

柊の模様の入った、切子ガラス

机に座って顔をあげたら、目に入るのはオウムのステンドグラスです。『知恵』の象徴であるオウムを使ったこのステンドグラスは、館内の別の場所にあったもの。この改修を機に、日の光が透けるこの場所に移動させました。壁面には本棚、窓ガラス手前には小さなショーケースを配しています。

小川三知(さんち)によるステンドグラス

二つ目のお部屋の特徴は、竹です。もともとあった窓などはすべて残し、障子や建具に趣向をこらしました。室内には柔らかな日差しが差し込みますが、その光を受け止める壁は、黄大津塗の壁で仕立てていただいたもの。また、高い天井を支える丸太梁の印象に、黄大津(きおおつ)壁と響きあう柔らかさを求めて、京都名産の白竹と胡麻竹で天井を包んでいます。

その他、煤竹(すすたけ)や竹の柾割り(まさわり)の建具なども配しました。日が落ちると、ピンスポットの優しい照明で空間が照らされ、幽玄な雰囲気が醸し出されます。

三つ目のお部屋は、絹の持つ柔らかな雰囲気が特徴的な空間です。この部屋は、新館を含め柊家の中でもっとも高い天井高。なおかつ、三つの部屋の中でも特に明るく、抜け感が感じられるようになっています。

内装においては、絹特有の艶を持つ『しけ絹』とよばれる絹織物を、伝統的な表具の技である袋張りの下地をした上にまとわせました。また、天井の豪壮な丸太梁と交差する箇所には螺鈿細工をはめ込み、絹の表情を少し引き締めた印象を与えています。

加えて、白く美しい北山丸太の木肌を楽しんでいただけるよう、柱やベンチ、天井ルーバーなどさまざまな箇所に使いました。何か新しい出会いを感じさせる、そのような空間に仕立てています」

新しい共有スペースに対する女将の想い

「柊家は、京都の町と共に、江戸の飢饉、幕末の動乱、第二次世界大戦といった、幾多の困難な時代を過ごしてまいりました。近年においては、新型コロナウイルスの流行、ロシアとウクライナの戦争など、世界情勢の大きな揺らぎの中にいます。

しかしそのたびに、地元の人やご縁のある方々にも助けられながら、常に次の時代を見据え、新しい改革へとより思いを強くして、乗り越えてきました。

旧館2階のエレベーター前に設えられた、小川三知によるツバメのステンドグラス。

これからの時代に向け、新しい取り組みとして、宿泊以外の方々に当館を使っていただける空間をつくることに着手、旧館2階の一角に手を加えました。建築家の道田さんをはじめ、たくさんの職人さんの技術により、無事に完成しております。さまざまな企画を通し、利用された方が知識と経験を深め、人との交流のご縁づくりの場として使っていただきたいとの思いでいます。

柊家を介して京都の魅力を楽しんで頂き、皆様のご縁が広がれば、嬉しく思います」

旧館1階のエレベーター前に設えられた、小川三知による舞妓のステンドグラス。

「柊家」

住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
宿泊予約
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オンラインショップ

文/西村明美(柊家旅館女将)
撮影/坂本大貴
校正・編集/益田瑛己子(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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