暮らしを豊かに、私らしく

『猫のダヤン』を描いた絵本や旅のエッセイなど、さまざまな作品を発表し続けている作家の池田あきこさん。今年2023年は、『猫のダヤン』の生誕40周年。そんな記念すべき年に、花人日和では、池田さんご自身が日々の暮らしの楽しみを綴った連載エッセイを4回にわたってお届けします。今月は、その第3回です。

第3回 美しく歩こう!=アルゼンチンタンゴ

文・池田あきこ

「踊りたい!」急に思いついたのは6年前の春。ね、春になると踊りたくなりませんか? 踊るといってもひとりで踊る場所もなく、近所にダンス教室ができたので行ってみた。

「タンゴを踊りたいのですが」。ただ、そこは社交ダンスの教室でブルースやワルツなどすべてをやらねばならないという。一つだけでも習うのは大変そうだし、私が踊りたいのはタンゴなのだ。

「それならアルゼンチンタンゴを習ったら?」

調べてみれば、アルゼンチンタンゴの教室が歩いて行けるところにある。その教室を訪れ、実際にアルゼンチンタンゴを始めてみて、“これはいい!”と思ったのは社交ダンスのような発表会はなく、ミロンガと呼ばれるダンスパーティが毎日必ずどこかで開催されていること。

もし踊れるようになったら……おしゃれをして毎日ダンスパーティ! 考えただけでバラ色の未来が広がる気がしませんか?

春一番が吹けば踊り

夏至祭りで踊ったり
音楽あればなおさら踊り
誕生日には躍り上がり
最後はやっぱり踊り描き

夢はともかく、現実的に良かったのはアルゼンチンタンゴは歩くのが基本ということだった。バイクの事故で骨粗鬆症を発覚した私は、医者に「どんどん歩きなさい! 今度転んだら骨はバラバラだよ」と言われ、毎朝の散歩を始めていたので丁度いい。2時間レッスンのうち1時間は基礎練習でほとんど歩いている。そう、こんな感じの美しい姿勢で歩く。

・背筋をピンと伸ばす。

・胸を張って、お腹を引っ込め、お尻をキュッと持ち上げる。(腹筋を効かす)

・顎を引いて前を向く。

・姿勢を確認したら肩を落とす。

この“肩を落とす”は最近先生に言われ、やってみたら「あきこさん、背が5センチ伸びて見える」とのこと。確かに我ながら、背筋を伸ばして肩を落とすとシュッとして見える。

・タンゴは自立が基本。しっかりと立って、胸から歩き出す。

・前に出る足の膝は軽く曲げて、後ろの膝はまっすぐ伸ばす。

・まっすぐなラインで大きく歩く。

さあ、歩いてみよう!
タンゴは組みダンスが基本。しっかり自立。
相手に負担をかけないように。
姿勢を正し、相手のリードで歩き出す。

私は散歩のときも、なるべくこの姿勢で歩くように心がけているけど、これがなかなか難しい。ハッと気が付くと、背を丸め、顎を出してちょこちょこ歩いている自分がいる。

歩くのが目的みたいになって、何年かは時々基礎練習だけに出ていた。中でも“オーチョウォーク”という、上半身は前を向いたまま、腰から下をひねって斜めに交互に足を繰り出していくという基礎練習はウエストに効く気がして、家でも改良して歩いている。

そのうちコロナの流行で自分も若干暇になったのと、教室がうちのすぐそばに越してきたので、ちゃんとタンゴに取り組むようになった。何しろコロナで生徒が減って、レッスンの参加者が2、3人か1人だけなんてこともあり、ほとんど個人レッスン。覚えが遅い私も先生とならリズムに乗って楽しく踊れるようになってきた。

これホントにあったこと。うっかりハイヒールを逆に。

アルゼンチンタンゴの発祥はアルゼンチンやウルグアイにあるとされ、様々な文化が混ざり合って今のかたちになっているという。愁(うれい)を含んだ独特のメロディはバンドネオンという楽器を中心に奏でられ、生のバンドで踊るミロンガはとても楽しい。

でもひとつ大きなハードルが! ミロンガでは男性が女性を誘うのが鉄則。大好きな曲が始まり、あー、踊りたい! と思っても誘われない限り、立ち上がって踊ったりはできないのだ。座って誘われるのを待っているのはつまらないので、私は演奏者のスケッチを始めることにした。

タンゴを歌うバイオリ二スト会田桃子さんとギターの福井浩気さん

これはいい! 曲に乗って描くのも楽しいし、誘われなくても悲しくない。そして、スケッチの合間にはもちろん踊ることだってできる。けれどますます誘われなくなってきた状況をどうするか、それが私の今年の課題だ。ここでミロンガがどんなものかをお見せしましょう。

Amo eL Tango Toshi & Aikoが開催する“令和5年睦月LiveMilonga”

バンドネオン:仁詩(左)、ギター:田中庸介(右)

そして興味を持ったあなた、近所に教室があればアルゼンチンタンゴを始めてみませんか? 人生が豊かになること請け合いよ!

池田 あきこ(いけだ・あきこ)
本名池田晶子。東京吉祥寺生まれ。1983年に初めてダヤンを描き、その後ダヤンを主人公とした物語を多数生み出していく。旅をイラストとエッセイでつづったスケッチ紀行のシリーズや教科書の挿絵なども手がけ、幅広く活躍。’96年から笠間日動美術館ほかで「池田あきこ原画展」、’99年春には日本橋高島屋で「猫のダヤン 池田あきこ原画展」を開催、大好評を博す。画集、長編物語、旅のスケッチ紀行シリーズなど作品を多数発表。2023年6月末からは、40周年を迎える猫のダヤンの原画展が全国で開催予定。2023年6月28日から7月10日まで、銀座松屋にて「猫のダヤン40周年記念 池田あきこ原画展-ダヤンの不思議な旅-」が開催されます。

『猫のダヤン』 40周年特設サイトはこちら
https://www.nekono-dayan.com/40th/

撮影/黒石あみ(小学館)


 

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