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猫の社会的地位を上げ、絶大な人気を誇った画家ルイス・ウェインの生涯

外国人観光客がわざわざ海を渡って訪れる猫カフェが国内各地に点在し、世界有数の猫好き国民といわれる日本人。空前の猫ブームはまだまだ終わりそうにありませんが、今の猫ブーム以上の盛り上がりを見せていたのが江戸時代です。招き猫が生まれ、猫好きで知られる歌川国芳が猫をモチーフにした絵を描くと飛ぶように売れました。その頃の日本人にとって、猫は大変縁起のいいお守りのような存在だったようです。

対照的にイギリスでは猫が不吉の象徴だった時代がありました。人々がネズミ退治用にしか猫に興味がなかった時期に猫を描き、絶大な人気を誇ったイラストレーターがいます。彼の名はルイス・ウェイン。19世紀末から20世紀にかけて活躍し、イギリスでは知らない者がいない流行画家でした。夏目漱石の「吾輩は猫である」に登場する、絵葉書の作者とも言われ、SF小説家のH・G・ウェルズが「ルイス・ウェインは独自の猫を発明した。そして生涯をかけ、私たちの人生をより幸せに、より猫だらけにした」と大絶賛した人物です。ウェルズは「彼は明らかに猫の社会的地位を上げ、世界をより良いものにした」と続けています。一体、ルイス・ウェインとはどんな人物なのでしょうか。

映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』はそんな特別な彼の波瀾万丈な人生を描いた、真実に基づいた伝記ドラマです。

――上流階級出身で元教師のルイス・ウェインは父を亡くし、母と未婚の5人の妹を抱え、生活のため、フリーのイラストレーターとして働き出す。新聞の挿絵などを手がけていたルイスは動物を描くのが得意だった。そんな折、妹の家庭教師として、エミリーがやって来る。聡明で自立した女性であるエミリーにルイスは一目で恋に落ちるが、下層階級であったエミリーとは身分が違いすぎ、周囲は猛反対。それでも偏見をものともせず、ルイスはエミリーに求婚。駆け落ち同然で暮らし始める。だが、幸せな時間も束の間、エミリーに末期の乳癌が発覚。二人は庭に迷い込んだ子猫をピーターと名づけ、残された時間を一緒に過ごすようになる――

監督は日系英国人(父親が英国人、母親が日本人)のウィル・シャープさん。俳優としても、ロンドンのヤクザ抗争を描いたNetflixのドラマ「Giri / Haji」で主演の平岳大演じる刑事に協力する男娼役で強烈な印象を残している、多才な人物です。

主演はベネディクト・カンバーバッチさん

ルイス役はベネディクト・カンバーバッチさん。日本ではNHKなどで放送され、漫画化もされている、BBCの人気ドラマシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」主役のシャーロック・ホームズ役でご存知の人も多いかも。妻エミリーにはこれまたNetflixのTVシリーズ「ザ・クラウン」で若きエリザベス2世を演じ、話題になったクレア・フォイさん。

猫のピーターは成長に合わせて、3匹の猫が演じ分けています。なかでも二人にいつも楽しそうに寄り添っている子猫の可愛さが秀逸で、エミリーが猫のことを「愚かで可愛らしく、怖がりで勇敢で、私たちみたい」と語る台詞も、きっとピーターのことも含まれているのかなと思わずにいられないくらい懐いています。ピーターに眼鏡をかけ、彼が話しているかのように妻に話しかけるルイスが滑稽で、病身の妻を懸命に励まそうとする姿に心、打たれます。

――出歩くことも難しくなったエミリーのためにルイスは来る日も来る日もピーターの絵を描く。その愛らしさに感動したエミリーの強い勧めで、新聞社に絵を見せると、「辛い時期だろうに、どうしてこんなに楽しい絵が描けるのか」とクリスマス版の2ページを猫で埋めるよう、依頼される。

その猫の絵は多くの人を魅了することになった。エミリーが亡くなると、ルイスは喪失感を埋めるように次々と猫の絵を描き続け、気付かぬうちに更なる成功を収めていた。ところが経済観念のまるでないルイスは版権を持っておらず、収入は不安定。困窮から抜け出せず、借金に追われる羽目に。彼のスキャンダラスな結婚のせいで、妹たちは全員、未婚のまま。実家では母が病気に、さらに妹のマリーが統合失調症と診断されていた――

ルイスは壊れそうになる繊細な心を何度も猫の存在で繋ぎ止めます。猫とはなんと不思議な生き物なのでしょうか。一人で孤独な時。病に冒された時。落ち込んだ時。猫がもたらす時間がどんなに支えになったでしょう。彼は衰弱した妹マリーにも猫との生活を勧めます。今でこそあるペットセラピーという概念を彼は知らずに実行していたのでしょう。

猫と愛する人のいる世界の美しさを描き続け、世界から愛されたルイス・ウェイン

夫婦のかけがえのない時間を豊かにしたのも、二人の絆を強固にしたのも猫がいたおかげでした。エミリーは最後に「世界は美しいとあなたが教えてくれた。忘れないで。辛いことばかりでもがき苦しんでも世界は美しさで溢れている。それを捉えるのよ。見つめて、多くの人と分かち合って」とルイスに言い残しています。

かくして、ルイス・ウェインの猫の絵は時代を超えて、多くの人々に愛されるようになりました。ルイス・ウェインの生涯は決して順風満帆とは言えません。それでも劇中に登場するルイス・ウェインの膨大な猫の絵の数々にふと気づけば、私たちの口角も上がっています。猫はやっぱりラッキーチャーム。猫のいる暮らしの至福に改めて気付かされる、一風変わった作品です。

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
12月1日(木)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

配給:キノフィルムズ
©2021 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、クレア・フォイ、アンドレア・ライズボロー、トビー・ジョーンズ andオリヴィア・コールマン(ナレーション)
監督・脚本:ウィル・シャープ
原案・脚本:サイモン・スティーブンソン
2021年│イギリス│英語│111分│カラー│スタンダード│5.1ch│G
原題:The Electrical Life of Louis Wain│字幕翻訳:岩辺いずみ
©2021 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
提供:木下グループ
公式Twitter:@louis_wain_film
公式HP:louis-wain.jp

文/高山亜紀

 

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