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昨年11月に99歳で亡くなった、作家で天台宗僧侶の瀬戸内寂聴さん。彼女が出家したのが51歳の時。その理由が同じ作家である井上光晴さんとの7年にも渡る不倫関係を終わらせるためだったことはご存じでしょうか。どちらかが死ぬまで、別れられない。そう考えた寂聴さんは生きながら死ぬという出家の道を選びました。寂聴さん、井上光春さん、そしてその妻である郁子さん。3人の奇妙な関係をモデルに書かれた小説が『あちらにいる鬼』。手がけたのはなんと光春さんと郁子さんの実娘、井上荒野さん。当事者である寂聴さんは荒野さんに「なんでも聞いて」と取材を快諾し、本当に包み隠さず話したそうです。映画『あちらにいる鬼』はその同名小説が原作。寂聴さんは生前、映画の公開を楽しみにしていたといいます。

――1966年、長内みはると白木篤郎は講演旅行をきっかけに出会う。互いに作家で誕生日も同じ。運命的に出会った二人は、それぞれに妻子やパートナーがありながら男女の仲となる。 郷里に夫と子どもを残し、夫の教え子だった男性と上京したみはる。みはるの家にはその元教え子が出入りしており、白木の妻、笙子は第二子を妊娠中だった――

多くの女性に信奉されていた寂聴さんでしたが、その過去は壮絶。夫と子どもを捨て、出会った時はまだ10代だった夫の教え子との駆け落ち。井上さんとの不倫は実に3度目(!)。その妻はワンオペ育児で妊娠中。現在だったら、間違いなく炎上に次ぐ炎上の最中にあったに違いありません。

――数年後、別の愛人をみはるの家に連れてくるようになる白木。それでも、みはるは愛想を尽かすことができない。白木はみはるの家に足繁く通いながら、自宅では娘を可愛がり、周囲に笙子を自慢し、特に手料理を絶賛していた。笙子もまた、みはるの存在を知りながら、動じず、嘘をつき続ける白木を受け入れていた。家庭を守り続ける笙子と家族やマイホームといった家庭的なものにまるで無縁なみはる。本来なら仇同士になりそうな二人の女性の間に、白木に両極の至福を与える同志のような絆が生まれてゆく――

みはるを演じているのは寺島しのぶさん。役のために劇中で実際に頭を剃り上げており、剃髪シーンは神々しいほどに美しい。白木役は豊川悦司さん。寺島さんとは本作と同じ廣木隆一監督の『やわらかい生活』で既に共演済みで、ここでも調子のいい男性に翻弄される女性という間柄。二人は『愛の流刑地』でも共演。作家と不倫相手という、どこか今作のデジャヴのような関係でした。渡辺淳一原作の「愛ルケ」は官能的な描写が大いに話題になりましたが、ラブシーン撮影の際、豊川さんが寺島さんの体が見えすぎないようさりげなく配慮していたらしいです。『あちらにいる鬼』でもその繊細な心配りは健在で、役を通り越して、豊川さんの紳士的な人柄が滲み出てくるよう。豊川さんと寺島さんの信頼関係、相性の良さにドキッとする瞬間でもあります。そんな二人の間に割って入る、というより間に凛として立ち続けるのが妻・笙子役の広末涼子さん。当たりの強い役柄のせいか、広末さんは撮影時、体調を崩したそうで、台本を見かけた母親から「こんな役をやっているから具合が悪くなるのよ」と呆れられたというエピソードを完成披露試写会の席で明かしていました。

玄人はだしの料理の腕前を持ち、他所に女性がいることを知りながら、子どもたちにはまるで悟られず、夫の仕事のサポート(原稿の清書や時には短編を手掛けることも)までする完璧な妻で母であった笙子。

不倫でありながら、白木を純粋に愛し求めたみはる。「40代、50代になると、恋愛なんてもう出来ないと思いこむ人が多いようですけど、ほんとに好きな人とめぐりあっていないだけ」と後に寂聴さんは語っています。

――一人で気ままに生きているみはるは笙子に頭が上がらず、笙子も笙子で、文学的な才能がありながら、自分の名前で小説を書くことを恐れ、それをやってのけているみはるをどこか認めている。対照的なようで、近いものを感じていた二人。どんなつもりで言ったのか、白木は「二人はこういう関係でなければ、親友になれたでしょう」と話す――

事実、出家しても寂聴さんは井上光晴さんと友人関係を継続し、郁子さんとも交流を持ちました。郁子さんは光晴さんの死後、7年もの間、自宅のクローゼットにお骨を仕舞っていましたが、寂聴さんの勧めで、彼女が当時、住職を務めていた岩手県二戸市浄法寺町の天台寺のお墓に納めることを決意。郁子さんも後に同じお墓に埋葬されました。そして今、寂聴さんも同じ地に眠っています(寂聴さんは他に自分で開いた京都の寂庵、出身地の徳島の3カ所で分骨)。

50代を前に出家を決意、煮え切らない男女の関係を清算した寂聴さん。同じ頃、マイホームを築いた井上夫妻。『あちらにいる鬼』に描かれているように、40、50代は自分の人生に何が本当に必要なのか、見つめ直し、覚悟する時期だと言えます。この先の自分のために、攻めるのか、守るのか。もう50代、まだ50代。生涯現役を貫いた寂聴さんに多くの人が魅了されたように、彼女をモデルにした『あちらにいる鬼』のみはるの生き様に刺激を受けずにはいられません。

『あちらにいる鬼』(2022年11月11日公開)
出演:寺島しのぶ、豊川悦司、広末涼子
原作:井上荒野『あちらにいる鬼』
監督:廣木隆一
脚本:荒井晴彦
配給: ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/achira-oni/

文/高山亜紀

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