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牧野富太郎が30余年を過ごした練馬の牧野邸跡。書屋と庭園が残る。

「我が植物園」が残る居宅跡

大正12年(1923)9月1日、首都圏を襲った関東大震災が発生。東京は甚大な被害をこうむった。幸いにして渋谷にあった牧野富太郎宅は被害が少なく、標本などはほぼ無事だった。しかし、妻の壽衛(すえ)は「夫の大切な標本や資料、蔵書を火災から守らねば」と考えた。

壽衛は伝を頼って練馬の大泉村に土地を借り、家屋を建てて引っ越すことを提案。牧野一家は大正15年(1926)に大量の書物や標本とともに大泉村に越してきた。牧野が64歳の時である。

当時、辺りはエゴノキやヤマザクラ、コナラなどの雑木林や畑があるだけの寒村だった。ここならば火災で類焼するなどの心配はほとんどない。何より、牧野にとっては自然の中に暮らせることは、願ってもないことだったろう。広々とした庭のあちこちに、全国から採集してきた植物を植えて観察することもできた。

牧野記念庭園の顔ともいえるダイオウマツ(大王松)の巨木。北米の原産で、牧野の生前に庭に植えられていたものという。

牧野にゆかりのある植物を含め300種類以上が生育

牧野は、昭和32年(1957)に94歳で息を引き取るまで、実に31年間を都会の喧騒を離れたこの大泉村で暮らした。

練馬区東大泉には今も、牧野が暮らした住居の一部と庭が残されており、一般公開されている。牧野が「我が植物園」と呼んで大切にしていた庭には今も、牧野が植えたと考えられるダイオウマツなどが残っているほか、愛妻壽衛の名からとって牧野が命名したスエコザサやサクラの一品種センダイヤ(仙台屋)など、牧野にゆかりのある植物を含め300種類以上が生育している。

園内に残る書屋には、牧野が使っていた当時の様子を再現した書斎と一部書庫などがあり、本と植物に埋もれたその暮らしぶりを身近に感じることができる。

園内鞘堂内には牧野の書斎と書庫の一部が現存。約4万5000冊の蔵書が積み上げられた内部の様子を忠実に再現、公開している。
資料が所狭しと置かれる文机(ふづくえ)のある一角が書斎。ランプや、筆立てにささった鉛筆などが当時の写真をもとに再現されている。
採集してきて少ししおれかかった植物を中に入れて保湿し、蘇らせて観察に使ったという牧野考案の「活かし箱」も残されている。

この他、展示室では、採集した植物を入れる胴乱(どうらん)、標本、牧野が日頃愛用した筆や印鑑、眼鏡などの手沢(しゅたく)品を見ることができる。また、数々の展示写真からは、生来陽気だった牧野の、生き生きとした表情や動きが伝わってくる。

牧野富太郎博士がますます愛おしく感じられる、そんな大泉の居宅跡である。

ガラス瓶に入れられた種子。標本採集の際に、種などを手に入れると、庭の雑木林の間に植えて生育させ、観察することもあった。
書斎で仕事をする晩年の牧野博士。壁際には呼び鈴のボタン。書いた葉書などを投函してもらうためよく家族を呼んだという。

練馬区立牧野記念庭園

東京都練馬区東大泉6-34-4
電話番号:03・6904・6403
入園無料
開園時間9時~17時
休園日:火曜(祝日は開園、直後の祝日でない日に休み)、12月29日~1月3日
交通:西武線大泉学園駅より徒歩約5分。JR吉祥寺駅他よりバスで学芸大附属前下車、徒歩約3分。

取材・文/鹿熊 勤 撮影/藤田修平
※この記事は『サライ』2023年6月号より転載しました。

 


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