文・写真/新宅裕子(海外書き人クラブ/イタリア在住ライター)
イタリアのご当地パスタ第三弾となる今回は、イタリアの中部ウンブリア州から「ストランゴッツィ」をお届けします。今までヴェネト州「ビーゴリ」、ロンバルディア州の「ピッツォッケリ」と北イタリアのパスタを紹介してきましたが、イタリア唯一、海にも国境にも接していない内陸のウンブリア州は風情があり、古き良き伝統が色濃く残る地域です。そこに根付くストランゴッツィとはどんなパスタなのでしょう。
中世の雰囲気が漂うウンブリア州
実は先日、私の住む北イタリアの町から4時間以上車を走らせ、ウンブリア州へ行ってきました。ウンブリア州はイタリアを縦に通るアペニン山脈の山間に位置し、丘陵地がたくさん。高台や丘の上に町が作られていったため、どの町も坂道だらけで歩くのが大変です。
大自然の中に中世のような町並みが数多く残り、まるでタイムスリップでもしたかのよう。散策すると昔ながらの建物が建ち並び、素朴だけれど美しい印象を与えてくれます。
そんなウンブリア州の名物パスタといえばストランゴッツィ。北部に住む私には全く聞き慣れないこのゴツゴツした名前はそれだけでもインパクト大ですが、その名の由来が動詞「ストランゴラーレ」(首を絞める)という言葉から来ているというのも謎めいたもの。興味がそそられるではありませんか。
小麦粉と水のみで作られる、うどんみたいな郷土パスタ
町を歩いていると、至るところでストランゴッツィと書かれた乾麺を見かけます。しかし、本来のストランゴッツィは手打ちが基本。きし麺をより細く厚くしたような平打ち麺で、言わば靴ひものような形です。その最大の特徴は、麺の材料が小麦粉と水のみということ。つまり、パスタを打つのによく使われる卵を使用しない点が、うどんっぽくもあります。
卵が高価だった時代に、小麦粉さえあれば作れるこのパスタが、貧しい山間部の暮らしを支えてきたといっても過言ではないでしょう。そして豊富で綺麗な山の水があるからこそ、卵を入れずとも美味しくできるという、まさにこの場所にふさわしいパスタとして親しまれてきたわけです。(ただし、雨でじとじとしている日は卵を少し加えて生地を調節すると良い、と地元の人がこっそり教えてくれましたけどね。)
伝統ソースはトマトベースで、それにニンニクとパセリを加えるだけ、とこれまた実にシンプルですが、私はオススメのウンブリア州特産の黒トリュフがけを注文。お口の中に広がるあの香りが際立ち、舌鼓を打ったのは言うまでもありません。
隣町へ行けば呼び名も形も変わる
さて、全く同じパスタでも地域によって名前が違ったり、同じ名前のパスタでも地域によって形が異なっていたりするのはイタリアではよくある話。ウンブリア州では、このストランゴッツィを「ストロッツァプレーティ」と呼ぶこともありますが、隣のラツィオ州に入ると、ストロッツァプレーティは全然違う形のショートパスタとなります。
ちなみに、こちらの舌を噛みそうな名前も「神父の首を絞める」という意味で、なんとも物騒な響きです。その由来は諸説ありますが、かつて、教皇国家が支配していた時代、飢えに苦しむ庶民に対し、「聖職者たちがパスタを喉に詰まらせる」くらいに贅沢に食べ、良い暮らしをしていることを例えたものだとも言われています。歴史深い重要な修道院がたくさん残るこの地域ですが、そのお膝元でこんな名前のパスタが食べられているなんて、逆にユーモラスな感じもしますよね。
ストロッツァプレーティも卵を使わないという点から、ストランゴッツィの一種のようにみなされがちですが、名前が混同していて、地元の人たちに聞いてもなんだか曖昧。要するに、小麦粉と水だけで作るパスタの文化がこの一帯に根付いていて、ベースは同じだけれど、それぞれの地域に伝統的な形があり、さまざまな呼び名で伝わっているという。外部の私にとってはややこしいのですが、各住民たちはそれを誇りに思い「一緒にしないでくれ。僕たちのパスタが一番なんだ」と言いたげなのが、なんともイタリアらしく微笑ましくもあります。
これらの地域はイタリア内陸部とはいえ、スポレートやロヴィアーノなどはローマから電車でのアクセスも簡単です。中世の町並みを楽しみがてらストランゴッツィやストロッツァプレーティを味わいに、ちょっと足を延ばしてみてはいかがでしょうか。
【イタリアのご当地パスタ】
食の宝庫イタリアのご当地パスタ|ヴェネト州の伝統「ビーゴリ」とは https://serai.jp/kajin/1126830
おそばのイタリアン!? スイスとの国境地帯発祥のパスタ「ピッツォッケリ」 https://serai.jp/kajin/1143674
文・写真/新宅裕子(イタリア在住ライター)
東京のテレビ局で報道記者を務めた経験を活かし、イタリア・ヴェローナ移住後も食やワイン、伝統文化、西洋美術等を取材及びコーディネート。ガイドブックにはない穴場や現地の暮らしを紹介するほか、ワインなどの輸出仲介も行う。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。