水引を用いて、日本文化や四季を表現する水引作家の田中杏奈さん。毎月、季節を彩る美しい水引作品をご紹介するとともに、日本文化や習わし、それらが古より引き継がれてきた背景にある日本人の心について想いを語っていただきます。記事の最後には、水引にまつわる豆知識も掲載しているので、これを機に水引の制作に親しんでいただけたら嬉しいです。
【日々を紡ぐ、季節の水引】
第3回 星合いの空に捧ぐ、水引の七夕飾り
文・写真 田中杏奈
梅雨真っ盛りから、さらに暑さが増してくる暑中の入り口へ。七月一日には富士山の山開きが行なわれ、半夏(カラスビシャク)の花が咲き始める頃、季節は夏至から小暑へ移ってゆきます。空は高く、輪郭をはっきりと際立たせた雲はより近くなり、目にするものの彩度や明度が上がり、鮮やかな色彩や瑞々しさに溢れる夏は、人々の意識が開放的になり、外へと向いていきます。
夏に向かうと、夏祭りや、花火、縁日等、夏至のキャンドルナイト等、夜を楽しむ行事やイベントが多く続きます。夜の行事が多いのは、納涼の習慣や、儚い短夜に趣を感じていたのかもしれません。この頃の代表的な行事「七夕の節句」も、別名「星まつり」と呼ばれ、夜空にまつわる行事です。
星合いの空
感嘆の声をあげてしまうような、降る満天の星空を見たことがありますか? 私はこれまでに二度、きっとこれが人生で見る最も美しい星空だろうと、感じたことがありました。一度目は大学生の時、友人と参加した富士登山ツアー七号目付近で見た星空です。遠くに見える頂へと蛇行し連なる登山者の明かりと、その上空に360度広がる星空が、暗闇の中混じり合った幻想的な景色に感動し、思わず登山列から外れて立ち止まり見惚れました。二度目は数年前、子ども達を連れて故郷の淡路島へ帰省した夏の夜のこと。目の前一面に太平洋が広がる島の最南端にある小さな港町の夜は、ほとんど街灯がない本当の暗闇で、加えてその日は快晴と新月が重なり、それまで見たことがない量の満天の星が輝いていました。故郷を離れて長く都会で暮らしたからこそ、子どもの頃には気付けなかった故郷の夜空の美しさや尊さ、季節ごとの自然の機微に、改めて気づくことができ、心動かされた瞬間でした。
星が良く見える七夕の夜のことを「星合いの空」といいますが、他にも七夕に因んだ言葉はたくさんあります。例えば、七月の別名の「七夕月」や、織姫と彦星の伝説になぞらえた「愛逢月」、七夕の星であるデネブの和名は「古七夕」、七夕の日の供え物を意味する「星の手向け」など、どれも物語を感じる美しいものばかりで、そんな言葉を知る度に、奥深い日本語の表現に心惹かれてしまいます。
七夕の節句
無病息災や子孫繁栄を願う年中行事、「五節句」は、どれも中国から伝わった習わしと日本の行事とが結びつきながら、形となった行事です。節句行事の一つである七月七日「七夕の節句」は、織姫と彦星が登場する中国の「七夕伝説」と、裁縫の上達を願う行事である「乞巧奠(きこうでん)」、日本の「棚機津女(たなばたつめ)」という神の衣を織る女性の伝説が合わさってできたものです。始めは宮中行事として行なわれ、江戸時代に庶民へと広まる中で、天に向かって真っすぐ高く伸びる姿が生命力の象徴として縁起が良いものとされた笹竹に、願いを込めた飾り物や五色の短冊を吊るす、今のような行事の形となりました。
笹竹に飾られている、よく見る吊るし飾りにはそれぞれ意味があります。今回は、水引で作った笹竹に、代表的な七夕飾りをいくつか選び、吊るしてみました。
吹き流し……鯉のぼりにも付いている五色の飾り。魔除けの意味があります。
網飾り……豊作・大漁祈願の他に、網で幸せをすくう、という意味があります。
折り鶴……長寿の象徴として様々な場面で、吉祥モチーフとして選ばれています。
紙衣(かみこ) ……棚機津女が織る衣(神御衣)になぞらえ、裁縫や手芸の上達を願う意味があります。
くずかご……七夕飾りを作る時に出た紙屑を入れ、物を大切にして、粗末に扱わないように、という意味があります。
また、短冊や吹流しの五色とは、すべての万物は五つの元素からなるという、五行思想から来ているもので、水引の礼法にも深く関係している考え方です。元素とは「木・火・土・金・水」の五つ で、それぞれ色にすると、「木→青(緑)・火→赤・土→黄・金→白・水→黒(紫)」の五色となります。この五色がすべて揃うことで、強力な魔除けとなるとされていました。
水引の七夕飾り
笹竹の水引飾りは、とてもシンプルな作りになっていて、特に結びの型を使っているわけでもありません。ポイントは、水引の扱い方(しごき方の強さ)とワイヤーワークです。芯の素材が紙である水引を結び始める際は、素材に曲線をつけて結びやすくするために、素材に指を添えて少し力を入れながら滑らせ、しごきます。「しごき」によって素材に程よく曲線が付き柔らかくなったら、笹の葉の形に合わせて、鋭い雫型に形を整え先端をワイヤー留めし、一つ一つ葉を作っていきます。そうして作った葉を合わせながら、一つの枝葉になるよう茎にまとめて結び、仕上げます。竹部分には、濃く深い緑で、元々の染めむらが味になるような色水引を選びました。
吊るし飾りは、色水引の白と、細く繊細なフィルムで装飾されキラキラとした煌めきが特徴のプラチナ水引のパールで揃え、短冊には数種の印象的な和紙を選び、少ししごきを加えて曲線を出し、変化をつけながら吊るしてみました。
夏至と小暑の水引選び
今や水引には数百種類の色があり、毎シーズン、各社から新色がリリースされています。どの色も、基本は各WEB SHOPで購入できますが、水引を始める方がまず悩むのは、膨大にある色の中から、どの色を選び購入するのか。今回はその中から、それぞれの季節に合う色合わせを選んでみました。
夏至(6/21~)の色選び
暮れ鈍る夏の宵や、マジックアワー、夏至のキャンドルナイトの闇と燈をイメージした、夏の盛りへ向かうアソート。
·京水引 薄桜
·プラチナ水引シルバー
·花水引 紫陽花色
·花水引 藍墨
小暑(7/7~)の色選び
夜空や星の煌めき、笹を思わせる緑。作品の七夕飾りとはまた違った、七夕の夜をイメージしたもう一つの色合わせです。
·絹巻水引 ナンド
·花水引 鶯
·純銀水引 極
·錦水引 白銀
巡る四季の色や、古くからの営みに想いを馳せながら、豊かな結びのひと時を愉しまれてくださいね。
■水引の購入先
そうきち https://www.mizuhiki1.com/ 「絹巻水引」「花水引」「プラチナ水引」「純銀(純金)水引」
さんおいけ http://www.sun-oike.co.jp/ 「京水引」「錦水引」
田中 杏奈(たなか・あんな)
水引作家、mizuhiki hare designer、水引教室「晴れ」主宰。幼少期から日本の伝統文化に興味を抱く。広告代理店営業職に従事する中、産休中の2016年に文房具店で水引に出会い、作品制作をスタート。独学で学びながら作品を発表。広告代理店退職後はフリーランスとして、書籍の出版、ワークショップイベントの開催、水引教室の主宰など幅広く活動。
HP:https://www.mizuhikihare.com/
Instagram:https://www.instagram.com/__harenohi/
田中杏奈さんのインタビュー記事はこちら https://serai.jp/kajin/1116135