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令和に入り、和装の人を見かけることがますます少なくなってきた日本。着物はごく限られた人だけの贅沢品のような存在になりつつあるのかもしれません。

着物は古来より脈々と受け継がれてきた日本の伝統衣装です。ですが、日本に生まれながら、なぜか日本人は着物を着ていません。「着物には日本人がもつ豊かな感性や、伝統を愛する和の心が詰まっているのです」と残念がるのは、山陰地方で5店舗の呉服店を経営する池田訓之さん。もっと気楽にもっと自由に着物を楽しんでほしいと言います。

そこで、今回は池田訓之さんの著書『君よ知るや着物の国』から、もしかしたら健康維持やダイエットにまでつながっている着物でのくらし方をご紹介。インナーマッスルが鍛えられたり、自然と食欲を抑えられるかもしれません。

箪笥の奥にしまったままの着物、一度も手を通さずにいる着物、そんな着物にいま一度、目を向けてみませんか。

文/池田訓之

着物は最強の骨盤矯正

背骨と股関節とでつながる骨盤は上半身と下半身のかけ橋のような役割を担い、背骨を通じて頭蓋骨とも連動している、体の土台です。家の土台がゆがむと床が傾いたり柱が曲がったりしてさまざまな不具合が生じるように、体にも同じことが起こります。体の中心にある骨盤がゆがむと、その状態でなんとかバランスを取ろうとして、体のあちこちにひずみが生じます。すると筋肉の付き方がアンバランスになり、腰、膝、背中、肩などに痛みが表れるようになります。体内の循環も悪くなるので、生理痛、肌荒れ、便秘、下痢、肥満、O脚・X脚、不眠なども起こります。

骨盤のゆがみは心にも悪影響を与えます。漢方では体には「気」が巡っていて、骨盤がゆがんでいると気の通りが悪くなり、どこも悪くないのにだるい、やる気が起きない、イライラする、落ち込むなどの不調が起こると考えます。このような不調は病院で診てもらっても年齢のせいだと片付けられてしまうことが多いのですが、不調が続くと人生を楽しめなくなってしまいます。心身が健康でいるためには、骨盤が正しい位置にあることが不可欠です。

骨盤の理想的な位置とは(1)骨盤が左右どちらにも傾いておらず、水平であること、(2)前に傾いたり、後ろに傾いたりせず、適切な角度であること、(3)骨盤が正面に向いていることの3つの条件を満たした状態です。バッグをいつも同じほうの手で持ったり肩にかけたりする、足を組む癖がある、左右どちらかに重心をかけて立つ癖があるなどの日常動作や、妊娠・出産の影響、加齢による筋力低下などで骨盤がゆがんでいる人が増えており、近年は骨盤矯正のトレーニングや骨盤矯正ベルトを使っている人も少なくありません。

着物と骨盤矯正にどのような関係があるのかと不思議に思う人がいるかもしれませんが、ポイントは腰ひもと帯です。腰ひもは本来は骨盤の上で締めるものです。骨盤の上ならしっかり締めても内臓を圧迫しないので、呼吸は楽にできるし食事も妨げられません。一方、帯は腹部を締め付けるのではなく、腰のすぐ上で締めるのが正しい付け方です。正しい位置で締めると骨盤が安定し、楽に体を動かせるようになります。つまり、着物を着ることは骨盤矯正をしていることになるのです。また、足を組むのが習慣になっていると骨盤がゆがみやすくなると言われますが、着物は通常足を組みにくいので、骨盤がずれるのを予防する効果も期待できます。

腰ひもや帯を締めたとき、きついガードルをつけたように苦しいと感じる場合は、腰ひもや帯が正しい位置にないということです。自分自身があまり着物を着る経験のない美容師に着付けてもらったときなどに、そのようなことが起こりがちです。自分で着付けができるようになり腰ひもや帯を骨盤の上できちんと締められるようになると、着物を着慣れていない美容師に着付けをしてもらったときとは体の安定感と快適さがまったく違い、驚く人が多いです。昔の日本人女性は骨盤の底にある骨盤底筋群がとても鍛えられていたと言います。骨盤底筋群はしゃがむ姿勢を取ることで鍛えられるので、和式トイレ、床の雑巾がけ、農作業、草むしり、たらいで洗濯物を洗うなど、昔は骨盤底筋群を鍛える日常動作が多かったことも理由に挙げられますが、着物を着ること自体が骨盤矯正と骨盤底筋トレーニングになっていたのは間違いないと思います。

着物でダイエット

欧米に比べて日本には肥満体型の人が多くありません。また「太っている=不健康」なのかというとそうでもなく、体重が100キログラムを超えていても血圧や血糖値などの数値、心臓の状態などに問題がなく、快活に動けるのであれば、太っていることはその人の個性の一つです。問題になるのは高脂血症、高血圧症、膝関節症などの生活習慣病の原因となる不健康な肥満です。最初に日本人は肥満体型が少ないと書きましたが、食生活やライフスタイルの欧米化に伴い、日本でも肥満人口は増加の一途をたどっていると言われています。いまやダイエットは、男女を問わず多くの日本人の関心事となっているのです。

バランスの良い食生活を心掛け適度な運動を習慣にしている人でも、若いときに比べるとやせにくくなった、若いときと食事量は同じなのに太ってしまうという悩みをもっていることがあります。その大きな原因が基礎代謝の低下にあります。

基礎代謝とは、体温維持や心臓、肺などの内臓を動かすなど、人が生きていくために最低限必要なエネルギーのことです。一歩も動かなくても、生きているだけで消費されるエネルギーなので、基礎代謝が高いと摂取したエネルギーはどんどん消費されていきます。

一般的に、加齢に伴って基礎代謝量は低下していきます。その主な理由として筋肉量の低下が挙げられます。筋肉量が減ると動いているときのエネルギー代謝量が低くなるので、総エネルギー消費量も低下していきます。そのため若いときと同じ食生活をしていると、体型を維持するのが難しくなり、油断すると太りやすくなってしまうのです。

「日刊ゲンダイヘルスケア」のウェブ掲載記事「着物を着る40~60代は痩せている 帯が姿勢を正してくれる」によると、高橋氏はさらに興味深い調査を行なっています。日本和装師会の協力を得て、着物常用者240人(平均年齢50代)に、身長、体重、血圧の薬・インスリンや血糖値を下げる薬・コレステロールを下げる薬・貧血の薬・睡眠薬の服用、朝食の摂取、運動習慣(1回30分以上の運動を週3回行っているか)についてアンケートを実施しました。高橋氏はアンケート結果を精査し、直近の「国民健康・栄養調査」によるBMI(身長と体重から算出される指標=肥満や低体重の判定)の数値を比較しました。日本肥満学会では、BMI18・5~25を普通体重、25以上を肥満と定義しています。このアンケートに協力した人々のBMIはどうだったのかというと、いずれも低く、特に40代から60代は明らかに低いという結果が出たそうです。加齢とともに基礎代謝が下がり、肥満に悩まされる女性が増えていきますが、このアンケートに回答した人は肥満体型の人は少なかったのです。さらに生活習慣病に関連する薬の服用は少なく、健康に気を配って運動をしている人が多いという結果も出ました。

着物を日常的に着ている人すべてがやせていて健康的というわけではありませんが、着物生活には不健康な肥満を防ぐなんらかの効果があるとは言えそうです。その点について考えてみます。

ダイエットを決意する理由は人それぞれですが、なかでも「ぽっこり出ているお腹をなんとかしたい」という理由が男女ともに多いような気がします。そして、頑張ってダイエットをしたら体重は減ったのにお腹回りはやせない……という悩みも多いようです。お腹が出てしまう原因の多くは、余分な脂肪の蓄積です。体の中心であるお腹回りは日常生活ではほとんど動かさない部分のため、脂肪が蓄積しやすい部位と言われています。一方、やせているのに下腹だけ出ている人は、原因として骨盤のゆがみが考えられます。骨盤がゆがんでいると骨盤周囲の筋肉のバランスが崩れ、筋肉によって支えられていた内臓が下垂してしまい、下腹がポッコリ出てしまうのです。またお腹回りの筋力が低下すると熱をつくりにくくなるので、お腹回りが冷えやすくなります。すると内臓を守ろうとして脂肪が増加し、さらにお腹がポッコリしてくる、という悪循環に陥ってしまいます。

ではどうしたらポッコリお腹をへこませることができるのかというと、インナーマッスルを鍛える必要があります。インナーマッスルとは、体の内部にある筋肉のことで、ポッコリお腹に関与するインナーマッスルは、呼吸に関わる筋肉の横隔膜、背中を支える多裂筋、ウエスト周囲を囲む腹横筋、骨盤を支えている骨盤底筋群の4つを指します。これらの筋肉を鍛えるとお腹がキュッと引き締まり、下垂した内臓を引き上げてくれます。

このインナーマッスルを自然に鍛えることができるのが着物なのです。着物は足回りがタイトですから、足が常に閉じ気味の状態になります。足を閉じることにより、膝や腿の内側に力が入るので、骨盤底筋群などお腹回りのインナーマッスルが自然に鍛えられます。そして骨盤回りの筋肉が強くなると体の軸がしっかりとでき、ぶれない体(体幹が強いしなやかな体)になります。

ダイエットといえば、食べ過ぎないように食欲をコントロールするのに苦労する人も多いです。正しく着付けをすれば帯が胃を圧迫することはないので、普通の食事は問題なくできるのですが、帯によってお腹が守られていると、空腹ではないけれどなんとなく口が寂しくて食べてしまうということがなくなるような気がします。もっと積極的にカロリーコントロールをしたい場合は、帯をややきつめに締めると、いつもより少ない量で満腹になるのではないかと思います。着物は自分の体と相談しながら着るものなので、ダイエット向きの衣類とも言えるかもしれません。このように日常的に着物を着ることは、さまざまな角度からダイエットにつながっています。私の呉服店の女性スタッフに、着物生活とダイエットについて感じていることを聞いてみました。

スタッフH(62歳)は、着物生活前は毎日1万歩歩くのを目標にしていて、さらに週1回はジムに通って運動をしていたのに、少しもやせなかったそうです。ところが私の呉服店に就職して着物を毎日着るようになったら、あっという間に体重が5キログラム減ったと喜んでいました。帯を締めることで体の芯が温まったことと、インナーマッスルが鍛えられたことで代謝が良くなった成果だと感じているそうです。

スタッフY(64歳)は、日常的に着物をお召しになっているお客さまはスレンダーな人が多い印象があると言います。着付け自体が運動になるし、着物を着ていると体が芯から温まるため、脂肪が燃焼しやすくなるのではないかと考えているそうです。また、着物はサイズを選びませんが、女性としてはお尻のラインなどが意外と気になるものなのだそうです。ラインをきれいに見せたいという意識が高まると自然と体が引き締まっていくから、洋服よりやせやすいように思う、とも言っていました。

現代の日本では着物姿の人はめったにいませんから、着物を着て外出すると注目されます。男の私ですらそうなのですから、女性だったらなおさらです。

この、見られているという意識は、ダイエットや美へのモチベーションを高める見えない良薬と言えます。

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池田 訓之(いけだ・のりゆき)
株式会社和想 代表取締役社長
1962年京都に生まれる。1985年同志社大学法学部卒業。
インド独立の父である弁護士マハトマ・ガンジーに憧れ、大学卒業後、弁護士を目指して10年間司法試験にチャレンジするも夢かなわず。33歳の時、家業の呉服店を継いだ友人から声をかけられたのをきっかけに、全く縁のなかった着物の道へ。着物と向き合うなかで、着物業界のガンジーになることを決意する。10年間勤務した後、2005年鳥取市にて独立、株式会社和想(屋号 和想館)を設立。現在は鳥取・島根にて5店舗の和想館&Cafe186を展開。メディア出演や講演会を通じて、日本の「和の心」の伝道をライフワークとして続けている。著書に「君よ知るや着物の国」(幻冬舎)。

 

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