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令和に入り、和装の人を見かけることがますます少なくなってきた日本。着物はごく限られた人だけの贅沢品のような存在になりつつあるのかもしれません。

着物は古来より脈々と受け継がれてきた日本の伝統衣装です。ですが、日本に生まれながら、なぜか日本人は着物を着ていません。「着物には日本人がもつ豊かな感性や、伝統を愛する和の心が詰まっているのです」と残念がるのは、山陰地方で5店舗の呉服店を経営する池田訓之さん。もっと気楽にもっと自由に着物を楽しんでほしいと言います。

そこで、今回は池田訓之さんの著書『君よ知るや着物の国』から、海外での着物をはじめとした日本文化への評価や、着物そのものの楽しみ方をご紹介。着物の新たな魅力を教えてもらいました。

箪笥の奥にしまったままの着物、一度も手を通さずにいる着物、そんな着物にいま一度、目を向けてみませんか。

文/池田訓之

日本とヨーロッパの着物愛には不思議な温度差がある

創業10年目の平成27(2015)年、「和の心を世界へ」という夢が叶い、念願のロンドンへの出店を果たすことができました。その2年前の秋、ヨーロッパの着物への反応を肌で確かめるために、着物姿で2週間の欧州旅行に出掛けました。

イギリスは、19世紀には大英帝国に陽の沈む時間はないといわれたほどに世界を支配した国です。そしてロンドンには、世界中から集めた宝物・遺物を収蔵した世界最大級の博物館・大英博物館があります。そのいちばん良い場所(いちばん奥の塔の最上階)が埴輪、仏像、着物、よろい、刀、陶芸品、浮世絵などの絵画から現代美術まで、日本の作品のみを集めた「Japan」という展示室になっているのを知り、イギリスはそんなに日本を評価してくれていたのだと感動しました。基本的に入場無料の大英博物館のなかで、私が初めて訪ねたときは、日本の浮世絵の特別展示会が開催されていて、そこは有料だったのですが、連日長蛇の列でした。お土産コーナーでも日本の浮世絵の複製を購入する人の姿をたくさん見掛けました。またイギリスで受講した英語学校の最終日には、一緒に参加していた仲間が私と写真を撮りたがってくれ、順番待ちをするほどでした。これほど私が人気者だったのは着物を着ていたからです。ヨーロッパ、特にイギリスの日本文化の評価の高さ、着物愛の深さを身をもって体験しました。

そしてロンドンに出店してから感じたのは、イギリス人はとても自由に着物を楽しんでくれるということです。着物のしきたりやTPOを知らないので、日本人が陥りがちな着物ルールへの呪縛にとらわれることはありません。羽織をジャケットのように着てみたり、ストールのようにして洋服の上に巻き付けたりして楽しんでいました。そしてそれがとてもおしゃれで格好良いのです。

確かに日本には着物の守るべきルールがあります。でもそれは礼装として着物を着るときの話であって、普段着として着物を着るときは、洋服のファッションに決まりがほぼないように、着物も自由に楽しんでいいのです。私はその日の気分で着物にバックスキンの靴や帽子を合わせたり、カバンをたすき掛けにして持ったりするなど、日常的には着物ルールにあまりこだわらない着こなしもしています。その着こなしについてロンドンではもちろんのこと、日本でも「すてきですね」と言ってもらえます。着物はそんなに不自由なものではないことをぜひ理解してほしいと思います。

箪笥の肥やし。着ないとはもったいない

現在50代~60代の人が若かった頃の日本は景気が良かったので、成人式のために豪華な振袖を作ってもらったり、冠婚葬祭の訪問着や喪服などを用意してもらったりした人が多いのではないかと思います。自分の着物だけでなく祖母や母親から譲り受けた着物も加わり、桐の箪笥には着物がぎゅうぎゅうに詰まっており、高価な着物だということは知っているので着たい気持ちはあるものの、面倒くさそうで腰が上がらない。そうこうしている間に何十年も箪笥の肥やしにしてしまい、罪悪感が募るばかり……。そんな人がたくさんいます。

私は呉服店の店主ですから着物を買ってもらうのが仕事です。でも昔の着物をもっている人には自宅にある着物を着てほしいと思っています。なぜなら昔作られた着物はとても質の良いものが多いからです。

高級な着物には正絹が使われています。正絹とはまざりもののない絹100%の生地のことです。日本の正絹は今でも世界で認められる最高級品ですが、とても残念なことに昔と比べると絹糸の質が落ちているように感じます。絹糸は蚕が作り出してくれるものですから、蚕が健康でないと上質な絹糸は取れません。蚕の小さな体は、空気や水などの質が落ちていることを人間よりもずっと敏感に感じ取っていて、それが絹糸の質に表れているのだと思います。

また着物が売れず職人がどんどん減っていくにつれ、技術を伝承していくのが難しくなっています。今の技術では制作できない織りや染め、消えてしまった産地など、現在では手に入れることができない着物が30年前、40年前は数多くそろっていました。当時嫁入り道具にもたせてもらった凝った意匠の着物は、今では庶民では手が出せない高級品になってしまいました。そんなすばらしい着物が何十年も眠り続けている箪笥の中は宝の山です。眠らせておくなんてなんともったいないことかと思います。もう着ないからと着物をバッグなどにリメイクする人もいます。それも着物の第二の人生だとは思いますが、上質の着物がバッグにされているのを見るのは、呉服店を営む者としてはつらいものがあります。バッグにするのは着物としてもっと十分に着てあげてからでも遅くありません。

日本人が着物を着ない理由は着付けが難しいからなのか、着物の複雑なルールが面倒くさいからなのか、もしくは間違った着方をしているのに気づかないまま外出して恥をかくのがイヤだからなのかは分かりません。今や日本国内には着物に関するネガティブなイメージが蔓延しています。そのせいで日本人の着物愛は冷めるばかりです。

着物に関わる仕事を始めて30年近く経ちました。知れば知るほど着物は体にも心にも心地よく、かつ、機能的な衣装であることを実感しています。でも今、多くの日本人は着物からそっぽを向いた暮らしをしています。せっかく着物の国に生まれたのにこんなすてきな着物を着ないなんてもったいないと、私は声を大にしてそう主張したいのです。

なぜ日本人が着物を着なくなったのか考えた結果、多くの人が着物に抱いているマイナスイメージは、思い込みや勘違いに起因していると気づきました。

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池田 訓之(いけだ・のりゆき)
株式会社和想 代表取締役社長
1962年京都に生まれる。1985年同志社大学法学部卒業。
インド独立の父である弁護士マハトマ・ガンジーに憧れ、大学卒業後、弁護士を目指して10年間司法試験にチャレンジするも夢かなわず。33歳の時、家業の呉服店を継いだ友人から声をかけられたのをきっかけに、全く縁のなかった着物の道へ。着物と向き合うなかで、着物業界のガンジーになることを決意する。10年間勤務した後、2005年鳥取市にて独立、株式会社和想(屋号 和想館)を設立。現在は鳥取・島根にて5店舗の和想館&Cafe186を展開。メディア出演や講演会を通じて、日本の「和の心」の伝道をライフワークとして続けている。著書に「君よ知るや着物の国」(幻冬舎)。

 

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