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モリコーネ自身が、映画と素晴らしい楽曲誕生の秘話を語る音楽ドキュメンタリー

美術館や博物館などの施設で欠かせないツールとなってきている音声ガイド。最近は人気声優など、話題の人の起用が大きな注目を集めています。作品の知識をより広く、深く知ることができ、これまでに気づかなかった魅力が見つかる音声ガイドですが、もし作者自身が務めることができたら、これほど贅沢なことはないでしょう。

『モリコーネ 映画が恋した音楽家』は1961年のデビュー以来、500作以上という驚異的な数の映画とTV作品の音楽を手掛けた、映画音楽のパイオニア、エンニオ・モリコーネが、自身の半生を回想しながら映画と欠かせない素晴らしい楽曲が生まれた秘話を振り返る音楽ドキュメンタリーです。名場面とともに語られる解説はまさに懇切丁寧な音声ガイド。紹介されている映画が何度も観ているものだとしても、さらに深く入り込みたくなります。

トランペット奏者の父の影響で、医者志望から音楽の道へ

2020年7月6日に91歳で逝去したモリコーネ。セルジオ・レオーネ監督との『荒野の用心棒』(’64)、『夕陽のガンマン』(’65)、『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』(’66)、彼との最後の作品となった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(’84)。同じく何度もタッグを組んだジュゼッペ・トルナトーレ監督との『ニュー・シネマ・パラダイス』(’88)、『海の上のピアニスト』(’98)。ブライアン・デ・パルマ監督の『アンタッチャブル』(’87)、アカデミー賞作曲賞を受賞したクエンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』(’15)……ざっと思い返しただけでも、数々の名作になくてはならないモリコーネの音楽が脳裏に浮かびます。映画音楽の作曲が天職のような巨匠ですが、その人生は波乱に満ちていました。

――将来は医者になりたかったというモリコーネ。彼を音楽の道へ導いたのは、トランペット奏者の父親だった。トランペットを学ぶために父が決めた音楽院に入学した若きモリコーネは病気の父の代わりにナイトクラブで演奏をして、家計を助けることも。そんなモリコーネ青年の心の支えは作曲だった。やがて現代音楽の作曲家ゴッフレード・ペトラッシがモリコーネの才能を見抜き、生涯の心の師となる――

トランペットを演奏するモリコーネ

意外なことにモリコーネの音楽の入り口はトランペットでした。言われてみれば、『荒野の用心棒』をはじめ、彼の作品にはトランペットが効果的に使われています。トランペットから作曲家へと転身する人は少なく、よほどの才能と努力がなければ、成功は望めません。ペトラッシの期待を一身に背負ったモリコーネは映画音楽と並行して、実験音楽も作曲し続けました。当時の最先端だったノイズを取り入れるなど必要な音のためには時に楽器ではないものも使うモリコーネの曲は映画に強烈なインパクトを与えています。

作曲家となり、妻に支えられながら映画音楽でアカデミー賞名誉賞を受賞

――恋人のマリアと結婚したモリコーネは、生活のためにRCAレコードと契約し数々の編曲を手掛ける。クラシックの作曲技法と最先端だったノイズを多用した実験音楽を取り入れた斬新なアレンジが絶賛され、ポール・アンカやチェット・ベイカーなどの人気歌手が指名。評判を聞いて、映画音楽の仕事を頼んだのが小学校の同級生でもあったセルジオ・レオーネだった――

セルジオ・レオーネ(左)と談笑するモリコーネ(右)

その後の活躍はご存知の通り。ところが彼には人知れず葛藤がありました。ペトラッシ門下生たちは商業的な映画音楽で成功を収めたモリコーネを見下していました。モリコーネ自身にも罪悪感があり、初期には偽名で活動しています。

そんな彼を支え続けたのが妻マリア。彼女には音楽の知識がまるでありません。先入観のない彼女の率直な意見を彼はとても大切にしていたのです。彼は作曲すると監督よりも先にまず彼女に聞かせました。妻で人生のパートナー。アカデミー賞名誉賞を受賞した際、モリコーネはクリント・イーストウッドと同じ壇上で、「愛する妻マリアにこの賞を捧げます。これは妻の賞でもあります」とスピーチしています。

俳優のクリント・イーストウッド(右)とアカデミー賞名誉賞を受賞時のモリコーネ(左)の写真

映画と惹かれ合い、名曲を作り続けた映画音楽の巨匠

――『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ アメリカ』が高く評価されると、モリコーネを無視していたかつての学友が、彼に謝罪。自身の中でも一区切りがついたモリコーネは映画音楽を離れようとする。が、『ミッション』のラッシュ映像に心を揺さぶられた彼は魂を込めて、音楽を書き上げる。ところがアカデミー賞確実と言われながら、賞を逃し、傷心したモリコーネは映画音楽と今度こそ決別しようとする。新人監督からの依頼を即座に断るが脚本に心を打たれ、承諾して曲作りに励んだ。その作品こそ『ニュー・シネマ・パラダイス』だった――

モリコーネが初めてもらったアカデミー賞は作曲賞ではなく、名誉賞でした。
『天国の日々』『ミッション』『アンタッチャブル』『バグジー』『マレーナ』と何度も作曲賞の候補となるもオスカーは人の手に。アカデミーに功労、貢献した人に与えられる名誉賞はいわば、「引導」のような賞。あの名優ピーター・オトゥールは最後まで名誉賞を拒んだと言われています。驚くことにモリコーネは名誉賞を受賞後、『ヘイトフル・エイト』により、87歳でアカデミー賞作曲賞を初受賞したのです。

2016年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星型プレートにその名が刻まれた。

モリコーネの映画音楽への愛や葛藤に心揺さぶられる157分

コンプレックスからか、賞や評価に敏感だったモリコーネ。もし彼が引退していたら、多くの人々に広く長く愛されている、あの『ニュー・シネマ・パラダイス』のメロディーはこの世にありません。

実はこのドキュメンタリーを監督したのはあのジュゼッペ・トルナトーレです。
偉大なマエストロがざっくばらんに音楽を語っているのも当然。モリコーネ自身がドキュメンタリーを撮るなら、「ジュゼッペ以外はダメ」とリクエストしたのです。おかげで本作は単なる記録映像にならず、実に叙情的で心揺さぶる内容になっています。

あなたもモリコーネとともに名画を巡る157分の旅に出かけませんか。
映画音楽への愛、裏切り、葛藤、至福……。きっと思わぬ展開にハラハラワクワクしながら、スクリーンを見つめることになるでしょう。

『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
2023年1月13日(金)
TOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ(『ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』)
原題:Ennio/157分/イタリア/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:松浦美奈 字幕監修:前島秀国
出演:エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノほか
公式HP:https://gaga.ne.jp/ennio/
©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras 

文/高山亜紀


 

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