文・写真/シュハリマキコ(海外書き人クラブ/アラブ首長国連邦在住ライター)
「千夜一夜物語」や「アラビアのロレンス」など、壮大な抒情詩やロマン溢れる歴史の舞台となった中東のアラビア半島。日本から地理的にも文化的にも遠く離れたエキゾチックな異国の地に、静かにそして脈々と「日本の美意識」が受け継がれている場所があることをご存知でしょうか。
アラブ首長国連邦(UAE)首都アブダビ。ペルシャ湾をのぞむ一等地に佇む、ひときわ荘厳で美しい豪華な建物。それがUAE最高峰のホテル「エミレーツパレス(Emirates Palace Abu Dhabi)」です。
隣接する大統領府「カスルアルワタン(Qasr Al Watan)」とともに、あらゆる要人を迎える迎賓館としての役割も果たす、まさに国家の“顔”。幅1キロにも渡るという巨大な建造物と、さらにその建物のまわりを囲む広大な庭の敷地が、外からも圧倒的な存在感を放ち、通常ホテルの格付けでは「五つ星」が最高ランクとされるところを、エミレーツパレスはさらに飛び越え「七つ星」ホテルと称されます。そのスケールの大きさを味わうべく観光客も多く集まるスポットでもあります。
巨大な宮殿エントランスの扉。黄金色(こがねいろ)のジャケットをまとったベルボーイが開けてくれ、中に進み入れば驚くことなかれ。目にするすべてのものが、華やかに煌めくゴールドカラー。天井から壁、装飾品、さらにはトイレに至るまですべてが「金・金・金」に光り輝きます。規模のみならずその内装や館内の調度品に至るまで、すべてが規格外のラグジュアリアスさを兼ね備えている。それがエミレーツパレスなのです。
シグニチャーカフェの「ル・カフェ・バイ・ザ・ファウンテン(Le Cafe by the fountain)」で出される、24金の金粉がたっぷりとかかった「金箔カプチーノ」は、訪れればぜひ味わいたいここの名物でもあります。
豪華絢爛な館内にため息をつきつつ、このエキゾチックな異空間を奥へと進んでまいりましょう。突き抜けたその先にある階段を降りると……。そこに忽然と姿を現したのは、日本の伝統文化、まぎれもない茶の湯の空間です。
茶道裏千家15代目の大宗匠、千玄室氏から当時のアブダビ皇太子(現在UAE大統領)のシェイク・モハメド・ビン・ザーイド・アル・ナヒヤーン殿下へ贈られたという、この茶室。大宗匠の監修のもと、茶室建築の専門家が設計・施工し、そのすべてが京都から輸送された材料で建てられました。
“訪れる人の心のオアシスとなるように” と、この茶室を千大宗匠は「緑水庵」と命名なさいました。軒下に掲げられた扁額には、アラビア語で「The Green Oasis(緑のオアシス)」とあります。これはシェイク・モハメド・ビン・ザイード閣下の御筆で、2009年12月6日の正式オープンの際に揮毫(きごう)されたもの。日本の美意識を象徴する茶室が、日本とUAEとの友好を表す存在となっています。
なによりも素晴らしいことは、この茶室が単なる展示ではなく、実際のお茶会や茶道の稽古に現在も定期的に活用されているということ。どうぞ思い浮かべてみてください。民族衣装である真っ白なカンドゥーラを着たUAEの男性が、この茶室で釜に湯を沸かし炭をつぎ、茶の心をもって静かに薄茶を点てている。その姿こそが、文化でつなぐ両国の “友情”の形そのもの、という気がします。
館内にあることから本格的な茶庭のしつらえはありません。しかしここから目に映るのは、広大なホテルの庭とプライベートビーチの白い砂浜。さらにその先にエメラルドグリーンの海が広がります。このペルシャ湾、渡ればそこはかつてヨーロッパとアジアの中継地点。かつてさまざまな文化の交わるシルクロード沿いの古都がこの目線の先にあったことに胸が高なり、茶室の小空間から果てしなく続く悠久の歴史へと、しばし時を忘れて思いに耽ります。
アラブの王族や世界中のVIPがこぞって宿泊するというホテルの一角で、ひそやかにかつ悠然と存在する日本の茶室「緑水庵」。シルクロード時代から移り変わり令和の時代になっても、文化が交わる燈(ともしび)がここにある。それは異国の地でもこの先も、炭をつぐがごとく続いていくのでしょう。
エミレーツパレスアブダビ
Emirates Palace Mandarin Oriental, Abu Dhabi West Corniche Road, Abu Dhabi, United Arab Emirates:https://www.mandarinoriental.com/en/abu-dhabi/emirates-palace
参考文献:「わたしたちの50年 日本とUAE」(在アラブ首長国連邦日本国大使館)https://www.uae.emb-japan.go.jp/Notice/pamphlet_jp.pdf
文・写真/シュハリマキコ (アラブ首長国連邦在住ライター)
アメリカ、オーストラリア、シンガポールなどで文化・教育事業を経て2018年よりUAE在住。社会循環型リテールプロダクト事業の起業経験から、SDGs分野でのコンサルティングも行う。世界の手仕事や職人、伝統文化に触れることが好き。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。