声に出しては言わないけれど、「大好きで大好きでたまらないもの」「どうしても止められないもの」がある人は意外といるのではないでしょうか。人であったりモノであったり、何かに対して強い愛情や執着心を持ち、そこにどっぷりと浸る日々を送ることは、幸せであると同時に苦しみが伴うことがあります。
そんな「沼」にはまっている人々をリアルに描く、沢木文さんの著書『沼にはまる人々』から、「教育沼」についてご紹介します。
文/沢木文
持てる時間とお金を惜しみなく注ぎ込み臨む、小学校受験
小学校、中学校、高校、大学と、我が子を「よりよい」学校に入れるための挑戦は、12年間で4回しかない。小学校受験の一回戦で勝てばいいが、そこで負けると先は長くハードルも高くなる。
40歳の会社役員の男性は、「息子を自分の母校の小学校に入れるのに、2歳から受験対策を始めた。1000万円以上かけたが不合格だった」と語っていた。
小学校受験は「親子の受験」と言われている。
私立小学校の教師(女性・38歳)に受験の合否はどこで決まるかを聞くと、「聡明ないい子。でも、会社の面接と同じで、ウチに合うかどうか」と答えてくれた。
言われてみればその通りだ。人気の小学校の倍率は、10倍を軽く超える。その中から最適な親子だけを残し、後はふるい落とすために試験はある。
ここでの「最適」とは、基礎学力があり、学校の文化を理解し、学校の言うことを的確に理解・判断し実行し、金を払い続ける親子のことだろう。学校側も受験にはコストがかかっている。中退者の数はできるだけ抑えたい。欲を言えば、学校の将来に貢献する人物が欲しい。つまり正解がない。だから、沼は深くなる。より実績がある教室に行き、仕事やプライベートの時間を削って小学校受験にぶつける。
具体的な内容として、まずは幼児教室に通う。ここで同年代の友達と遊びながら、「受験的に正しい」コミュニケーションや協調性を身につけていく。そして、筆記試験(読まれた話に合う解答を選ぶ国語の問題。数や図形の問題。季節や日本文化を含む常識を問う問題)や、絵、運動、面接の対策をする。いずれも記憶力よりも思考力を問われる。
これに加えて、「行動観察」という試験もある。他人と協調しながらも、指導官の指示を理解し行動する訓練を積まねばならない。そしてこれは教室内だけではなく、家庭の中でもルールを決めて毎日それを守ることが必須だという。
中学以降の受験とは異なり、努力が結果に結びつかない
いずれも未就学児にも、その親にも厳しい内容だ。その人の「性分」のようなものを見られるので、点数を取ればいい中学以降の受験とは異なり、努力が結果に結びつかないこともある。
前出の男性は、「見栄よりも、我が子を公立小学校に入れたくないという思いが強かった。公立小学校の教師には能力にばらつきがある人が多いように感じる。生徒の属性もピンキリで、似たような家庭環境で育った子供たちと生活をさせたかった」と語っていた。
彼は「次は中学受験です。息子もこの失敗を悔しがっており、きっと結果を出してくれるはずだと思っています」と語っていた。
自分のために頑張ってくれた親が、自分の不合格のせいでがっかりしている。その姿を息子はどんな思いで見つめているのだろうか。
ほかにも、教育沼にはまった人の多くは「我が子を思う愛情があるからこそ、自分は頑張れる。そして子供はそれに応えてくれる」と語る。
この場合の愛情は支配であり、呪いではないかと感じることもある。いい学校の合格に固執してしまうと、視野が狭くなる。人生は水平に広く、垂直に深い。いい学校に入れたからといって、その子が幸福になるかどうかは終わってみないとわからない。合否に必死になる親子を前に、そんな意地悪な思いが頭をよぎる。
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『沼にはまる人々』
沢木文 著
ポプラ社
沢木文(さわき・あや)
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。ブランドと外見が至上とされる価値観に疑問を持ち、「幸福、自由、欲、富、快楽のゴールはどこにあるのか」をテーマに取材活動を行う。担当する特集で、お金、恋愛、結婚、出産、教育などを深堀りし続けている。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 Webサイト『FRaU』(講談社)、『Domani』(小学館)、教育情報メディア『みんなの教育技術』(小学館)などがある。『東洋経済オンライン』(東洋経済新報社)、『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。