声に出しては言わないけれど、「大好きで大好きでたまらないもの」「どうしても止められないもの」がある人は意外といるのではないでしょうか。人であったりモノであったり、何かに対して強い愛情や執着心を持ち、そこにどっぷりと浸る日々を送ることは、幸せであると同時に苦しみが伴うことがあります。
そんな「沼」にはまっている人々をリアルに描く、沢木文さんの著書『沼にはまる人々』から、「インスタグラム沼」についてご紹介します。
文/沢木文
「インスタ映え」の罠
インスタグラムをきっかけに幸せになった人もいれば、その沼にはまって困難な状況に陥った人もいる。
派遣社員の星美さん(28歳)は、4年前に「インスタ映え」の罠にはまった。2年前、コロナ禍のときに友人から多重債務を指摘されたことを機に、インスタグラムのアカウントを削除。なんとか、その沼から抜け出すことができた。
当時、星美さんのフォロワーは3万人いた。比較的早く始めていたことと、美容情報が多かったこと。ときどき水着写真を上げることで、フォロワーはあっという間に増えていった。
「コロナがなくて、あのままインスタにはまり続けていたら、本気でヤバかったと思います」
星美さんはいわゆる“キラキラ女子”だ。黒髪、細くて白いボディの持ち主だ。彼女が水着を着た写真を上げれば、男性はもちろんのこと、女性も魅了されてしまうだろう。
「小さい頃から、周りからは『かわいいね』と言われていたし、モテていた。中学校から美容とメイクとファッションが好きでした。モテたいというよりも、自分が理想とする『かわいい』を極めたい気持ちがありました」
インスタ投稿1カットのために7万円
語る言葉の持ち合わせが少なく、何かもどかしいように語るところがある。そして、なんとなく恥ずかしそうにしている。
星美さんがインスタグラマーだった時代は、「インスタ映え」が隆盛を極めていた。キラキラとした日常を誇示するように投稿を行い、キラキラすればするほど賞賛を集めた。しかし、いつの頃からか、「インスタ映え」という言葉は使われなくなり久しい。
2022年現在、多くの『いいね』を集めているのは、時短レシピや100均グッズの使い方、キャンプのテクニック、ガジェットの使い方などの実用的な情報だ。
「都心のホテルのナイトプールがすごい」とか「友達とオシャレなカフェで腹筋崩壊。友達っていいね」「新作、買っちゃいました」というような、かつてのトーンの投稿を見ると時代遅れな感じもある。ネット世界の流行は栄枯盛衰が激しい。
「そうなんです。私がインスタグラマーだったあの頃は『映えるほどいい』という世界観がありました。すごく寒いのにナイトプールに行ったこともありますよ。スワンの浮き輪に乗ったワンシーンを撮るため。それだけのために2万円の水着と3万円のサングラス、1万円のビーチサンダル、5000円の新作のリップを購入し、6000円のプール券を購入していました」
キラキラ写真1カットに、7万円。
「もちろん、友達同士で貸し借りもしますけれど、手取りが20万円にもならないので、お金はいつも足りなかった。でも、見てくれる人がいて、期待してくれているファンのために、そういう自分をつくっていました」
インフルエンサーであるために
2018〜19年当時はインフルエンサーマーケティングが主流だった。星美さんのようなインフルエンサーはマスメディアに出てくる芸能人より近く、友人よりも遠い存在として、スター的な存在になった。手に届くようで届かない、微妙な距離感の“憧れ”。
星美さんはその偶像を維持するために、頑張った。「頑張る」とは、相手の求めるイメージに自分を添わせることにある。それはすなわち、お金を使うことにつながっていく。
「服やバッグ、メイク道具の購入、家のインテリアを整えるのに結構お金を使いました。食べ物も“映える”フードばかり頼んでいました。でもあれって高価なんですよ。2000円以上のパフェやワンプレートランチを頼んだものの、食べたら太ってしまうので、写真を撮って終わり。私自身が食べたいわけではなく、ファンの方が私に食べていてほしいだろうと思うものを、頼んでいました」
膨らんでいく借金
インスタグラマーは日常を切り売りする。食べ物はもちろん、仕事休みの1コマもそうだ。コンビニのコーヒーで十分だが、それは星美さんを輝かせる小道具にはならない。それゆえに、値段が5倍以上するスターバックスに行って、デカフェのコーヒーをオーダーする。
手取りの給料は20万円に満たない。実家暮らしをしているとはいえ、両親は高卒の会社員だ。大卒に比べて収入は少ないという。当然、お金は足りなくなる。
「コロナの前、キャッシングを繰り返していたら、その合計金額は100万円になってしまったんですよ。買い物や日常のすべてはクレジットカードで払っていて、毎月3万円ずつリボ払いで返済していました」
インスタグラマーとして人気があっても、PR案件のようにお金が発生したことは皆無だった。せいぜい、化粧品などが送られてきて、それを使って写真を上げる程度だったという。
「たくさんの『いいね』をもらうと嬉しくなる。そしてファンの方が増えていくと、みんなに褒めてもらえるような投稿をしなければならないという強迫観念に取りつかれていました」
当時の借金は、キャッシングで100万円。リボ払いの残債は150万円以上あったという。消費者金融にもお金を借りており、借金の総額は200万円。20代前半の女性にとってこの額を返すのは大変だ。しかも、親にもお金はない。リボ払いは金利15%程度だったが、この金利の概念もなかった。「リボ払い」と「分割払い」の違いもわからなかったという。リボ払いは残高に対して利息がかかって来る。その利息と買い物の代金がゼロになるには、10年近くかかる計算になっていた。
「今もその仕組みがわからないんです。リボはお金をいくら使っても、毎月3万円の返済額でいいというのは、便利だと思っていました。ただあるとき、友達にリボ払いのことを話したら『それ、マジヤバイ』と言われたんです。友達の知り合いの司法書士さんを紹介されて、相談すると『多重債務になっていますよ』と言われました」
アカウント削除
結局、返済をひとつにまとめてその計画を立てたところでコロナ禍になる。コロナ禍では“映え”どころではなく、思い切ってインスタのアカウントを削除して、返済に集中することにした。200万円の借金は、毎月7万円ずつ返済している。
「インスタが続いていたら、100万円の時計を買ってしまっていたと思います」
星美さんには、自分で好きなものがない。だから、行動が「ファンの方からの期待」と「いいね」基準になっていた。
「ブームになっていること、モテることなどにお金を使っていましたね。司法書士さんは私のことを『見栄っ張りになることは、若いうちにはよくあることです』と言ってくれたのですが、そうではないんです。私はインスタの中の私になりたかったのかもしれません」
返済を頑張っているので、当初は5年ほどかかると言われたが、3年で返済できそうだという。
「放置したら自己破産になっていたかもしれないとも言われました。友達には感謝です。今も再びインスタを始めようかなと思って見てみると、かつて私が投稿していたような内容のものは、全くウケないことがわかりました」
借金を返済したら婚活がしたいそうだ。
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『沼にはまる人々』
沢木文 著
ポプラ社
沢木文(さわき・あや)
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。ブランドと外見が至上とされる価値観に疑問を持ち、「幸福、自由、欲、富、快楽のゴールはどこにあるのか」をテーマに取材活動を行う。担当する特集で、お金、恋愛、結婚、出産、教育などを深堀りし続けている。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 Webサイト『FRaU』(講談社)、『Domani』(小学館)、教育情報メディア『みんなの教育技術』(小学館)などがある。『東洋経済オンライン』(東洋経済新報社)、『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。