文・石川真禧照(自動車生活探険家)

1970年代頃にアイビーファッションやサーフィンや湘南に憧れていた若者が、ちょっとだけ欲しいと思った車が「ワーゲンバス」だった。その名のとおり、フォルクスワーゲンがつくった、今でいうワンボックスカーだ。スポーツカーでもデートカーでもないその車はカリフォルニアの若者たちに人気のある車、ということから日本でも知られるようになった。
このような古いエピソードを知る世代に、ちょっと乗ってみたくなるような車が、フォルクスワーゲンから登場した。



2017年に海外のモーターショーで、コンセプトカーが発表され、ワーゲンバスの再来、と話題になった車が、ようやく実用化され、日本に上陸したのだ。

そもそもワーゲンバスという車だが、そのルーツは1950年に誕生したVW(フォルクスワーゲン)トランスポーターというパネルバンの商用車だった。当時、大ヒットしていたVWビートルという大衆車があった。その骨格を利用してバンスタイルの車をつくったのがはじまり。箱型のバンや多人数乗用、座席の取り外しができる簡素な乗用貨物車などのバリエーションがつくられた。ドイツ本国だけでなく何か国かで現地生産も行われ、輸出もされた。
初期型はタイプ1と呼ばれ、その骨格が多方面に流用されたがおもに軍事用だった。
本格的な市販モデルはタイプ2と呼ばれ、1950年から生産を開始し、67年まで改良されながら世界中で販売された。日本ではヤナセが1953年に輸入販売を開始したが、海外から中古車の輸入も盛んに行われた。この中古車が若者たちの憧れの車になったのだ。
VWトランスポーターは、タイプ2以降もモデルチェンジをくり返し、2022年まで生産されている。しかし、タイプ2以降のモデルは、ドイツ車らしく質実剛健、実用性重視、真面目な実用バンとして登場し、おとなしいファミリーカーとして販売された。

ID. Buzz(アイディ.バズ)は、2017年にプロトタイプがモーターショーに登場したが、その後の開発途中で当初の計画とは異なる車になっていった。スタイリングは、発表当時の、タイプ2を現代版に解釈したものだったが、中味は時代を反映し、100%電気のEVとして登場したのだ。IDという車名はすでにVWにはID4というEVがあり、同社のEVの総称だ。
EVということより、現代版タイプ2に早く乗ってみたいという気持ちのほうが強かった。



実車を前にすると、正面からの目立ち度が、ワーゲンバスだった。大きなVWマーク。2トーンに塗り分けられた色使い。
全高1.9m以上の車体の乗りこむには、ハンドルを片手で掴み、体を持ち上げ、シートに座るという動作が必要。運転席に座ると、広い視界が目に入る。うしろをふり向けば、後方は2、3列目シートが目に入る。無駄だけど明るい空間になぜかワクワクする。もし、70年代にワーゲンバスを手に入れたら、きっと同じ事を思ったに違いない。
全幅は2m近いが、乗ってみるとあまり幅広さも感じない。全長も4.7mなので5ナンバーワンボックスカーと大差ない。同じID. Buzzにロング仕様もあるのだが、こちらは全長が5m近いので、2mの全幅と共に大きさを感じた。
100%EV車の走り出しは、静かで力強い。車体前部にモーターを搭載し、後輪を駆動する。





前席は助手席と運転席との間で行き来ができ、2列目と3列目も行き来ができる。2、3列目は折り畳んで広い空間になるし、2列目は左右独立した座席で、前席背もたれのテーブルも利用できる。主に運転するのであれば実際に使うことはあまりないかもしれないが、2列目に座りテーブルを出したり、3列目に座ったりしていると、なんだか冒険をしているみたいで、楽しくなってしまう。



充電に関してだが、ID. Buzz Proは満充電での走行距離はカタログ値で524km。実走行でも450km以上は走る。高出力での急速充電が可能なので、外出先でも短時間で大容量の充電ができる。また、VWのディーラー以外でもアウディやポルシェはVWグループなので、共通の充電施設が利用できる。時間はかかってしまうが、もちろん家庭用200V充電も使える。




ID. Buzzの明るい車体を見ているだけで楽しくなってしまう。本当にこれほどの空間を持つ車が生活に必要かと家人に問われれば答えに窮するが、持てば間違いなく70年代の若者だった自分が甦ってくるハズだ。

フォルクスワーゲン/ID. Buzz Pro
全長×全幅×全高 | 4715×1985×1925mm |
ホイールベース | 2990mm |
車両重量 | 2560kg |
モーター | 交流同期/89kw |
最高出力 | 286ps/0~3581rpm |
最大トルク | 560Nm/2100~5500rpm |
駆動形式 | 後輪駆動 |
一充電走行距離 | 524km(WLTC) |
使用電池/容量 | リチウムイオン電池/ 84 kwh |
ミッション形式 | 1段固定式 |
サスペンション形式 | 前:ストラット/後:4リンク |
ブレーキ形式 | 前:ベンチレーテッドディスク/後:ドラム |
乗員定員 | 6名 |
車両価格(税込) | 888万9000円 |
問い合わせ先 | 0120-993-199 |

文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。
撮影/萩原文博